元2025 12月 デンマーク
・今回のモデルでは、人間の心房細動で見られるような電気的な乱れや構造的変化が再現されていた。そのうえで、メトホルミン群には次の特徴が認められた。
1. 心房細動が早い段階で定着してしまう流れが弱まっていた。2. 右心房の電気の流れ方が対照群ほど乱れず、発作が続きやすい状態になりにくかった。3. 代謝の中心にあるAMPKの働きが高まり、代謝バランスが整う方向に動いていた。4. ミトコンドリアの構造そのものは保たれており、代謝の組み替えが中心であることが示された。
・これらの結果から、メトホルミンは代謝調節を通して心房リモデリングの進み方をゆるめ、心房細動の進行を抑える可能性が高いと考えられた。
この2025年12月発表の馬モデル研究(Haugaardら, Circulation: Arrhythmia and Electrophysiology)がユニークなのは、「メトホルミンが心房細動の進行そのものを代謝経路から抑えたことを、臨床に近い大型動物モデルで実証した初の研究」という点にあります。主な独自性を5つの軸で整理します。
1. 馬を用いた「自然発症に近い」心房細動モデル
多くのAF研究はマウスやラットで行われますが、これらは心拍数が非常に高く、人間の心房の電気的構造やサイズと大きく異なり、AFが自然発症しにくいという限界があります。
今回の研究では馬(horse)を使っています。馬は人間と同様に自発的にAFを起こす大型哺乳類であり、心房サイズ、伝導速度、リモデリング進行などが人間に近く、トランスレーショナル価値が高いとされています。
2. 長期(4か月)の持続AFを再現し、経時的リモデリングを解析
従来のモデルは多くが短期間の誘発AFでした。この研究では4か月間のタキペーシングでAFを安定的に維持し、電気生理、分子生物、代謝、ミトコンドリア、組織学、心エコーを縦断的に解析しました。
これにより、AFの初期から持続化までの段階的変化の中で、メトホルミンが特に「早期安定化を防ぐ」効果を持つことが示されました。
3. メトホルミンの作用を多層的に検証(マルチオミクス解析)
遺伝子発現、タンパク質、ミトコンドリア機能、AMPK活性などを組み合わせる統合的解析を行い、「ミトコンドリア構造は保たれる一方で代謝経路が再構成される」というAF特有の代謝リモデリングを捉えました。この代謝再構成に対してメトホルミンがAMPK活性化を介して干渉した点が新しいといえます。
4. 右心房特異的な保護効果という発見
従来は左心房中心の研究が多い中、今回の研究では右心房で基質の複雑化が抑えられたことが重要な発見です。右心房はAF維持ネットワークのハブであり、初期リモデリングが起こる部位と知られており、薬理学的保護が示されたのは非常にユニークです。
5. メトホルミンを予防的に開始した設計
AF誘発前からメトホルミンを投与し、発症と進行の両方に対する効果を評価した点が独創的です。これはヒトでの一次予防を想定したデザインであり、「代謝制御によるAF進展抑制」という新しい概念を提示したといえます。
まとめ
メトホルミンは「糖尿病薬」から「心房細動の進行抑制薬」へ。大型動物モデルで電気、生化学、代謝、構造リモデリングを統合的に追跡し、AMPKを介した右心房保護を示したことが、この研究の最大の独自性です。
