元1965 4月 イギリス
くも膜下出血の原因となった脳動脈瘤は、手術で治療したほうがよいのだろうか。
現在では「破裂した動脈瘤は治療する」という考え方が当たり前になっているが、1960年代には、そもそも手術によって患者の予後が本当に良くなるのかが問題になっていた。
英国の脳神経外科医McKissockらは、治療の価値を判断するには、手術を受けた患者の成績を見るだけでは不十分だと考えた。
患者の状態によって治療成績は大きく変わるためである。そこで、破裂した前交通動脈瘤の患者を、手術する群と手術しない群に無作為に分けて直接比較したそうな。
1958~1963年に、破裂した前大脳動脈・前交通動脈瘤で入院した457人が対象になった。
そのうち、くも膜下出血が確認され、血管造影で原因となった動脈瘤が確認され、さらに「手術可能」と判断された353人が臨床試験に参加した。
患者は状態によって、
* 最初の出血そのものによって死亡する危険が高い重症患者(グループA)
* その危険はひとまず脱しているが、今後の再出血が心配される患者(グループB)
に分けられた。
そのうえで患者を無作為に、
**手術を行う群**
と、
**手術を行わず保存的に治療する群**
に振り分けた。
保存治療は、基本的に6週間の厳格なベッド上安静であった。
重症患者(グループA)ではどちらの治療でも成績が非常に悪かったため、研究の中心となったのは、最初の出血による差し迫った死亡危険を脱していた300人(グループB)である。
次のようになった。
・300人の結果は、
**保存治療 153人中61人死亡****手術 147人中65人死亡**
であった。死亡率にすると、
**保存治療 約40%****手術 約44%**
である。つまり、手術を行った患者のほうがよく生き残ったわけではなかった。・むしろ数字の上では手術群の死亡率のほうがわずかに高かった。・また、研究期間中には手術方法や麻酔などにもさまざまな改良が加えられた。しかし、そうした手術技術の進歩によっても、この研究全体の死亡率は改善しなかった。
この無作為化比較試験では、破裂した前交通動脈瘤について、手術は保存治療より優れていなかった。McKissockら自身、論文の最後で、
> 外科治療は保存治療より優れていないと結論せざるを得ない
としている、
というおはなし。
関連記事:
感想:
『日本の脳卒中治療ガイドライン2009にはこう書いてあるの「破裂脳動脈瘤の再出血予防の有用性は自明の事項であり、これに関するrandomized controlled trial(RCT)はないが、米国のガイドライン1)(Ⅳ)も一つの根拠として推奨のグレードはAとした。」これを書いたひとはどうしてこのMcKissock論文を無視したの?』
以下、医師国家試験正答率98%AIの進化版GPT-5の回答コピペ↓
結論から言うと、**なぜMcKissock 1965を無視したのかは、ガイドライン本文だけでは分からない**。ただし、かなり好意的に解釈しても、2009年ガイドラインの「RCTはない」という書き方は正確ではない。
McKissock 1965は、まさに「破裂した前交通動脈瘤を手術するか、保存的にみるか」を無作為に振り分けた試験である。手術可能と判断された353人をランダム化し、中心となる300人では、保存治療153人中61人死亡、手術147人中65人死亡だった。そして論文は明確に「手術は保存治療より優れていない」と結論している。
だから、
> 「破裂脳動脈瘤について手術と保存治療を比較したRCTは存在しない」
という意味なら、**これは明らかに間違い**である。
では、なぜ2009年の執筆者が「RCTはない」と書いたのか。一番ありそうなのは、頭の中では、
> 「現在行われているクリッピングやコイル塞栓術を、何もしない場合と比較した現代的RCTはない」
という意味だったのではないか、ということだ。
1965年の手術は現在の手術とはかなり違う。だから「古すぎて現在の治療効果を直接証明するRCTとしては使えない」と判断すること自体はあり得る。
ただし、それなら文章は、
> 「現在の標準的なクリッピングまたはコイル塞栓術と保存治療を比較したRCTはない」
と書くべきだった。
実際に書かれているのは、
> 「再出血予防の有用性は自明の事項であり、これに関するRCTはない」
である。
これでは、**昔からRCTそのものが存在しなかった**ように読めてしまう。
しかもMcKissockだけではない。その後の大規模なCooperative Aneurysm Studyでも、破裂動脈瘤患者を「安静」「薬物による低血圧療法」「頸動脈結紮」「頭蓋内手術」の4群へ無作為に割り付けている。解析対象だけでも安静202人、頭蓋内手術274人など計972人である。
つまり、1970年代までには、
**「そもそも破裂動脈瘤を手術することは、手術しないことより患者を救うのか?」**
という真正面からのRCTが複数存在していた。
そして重要なのは、その結果が単純な「手術圧勝」ではなかったことである。McKissock 1965では手術は保存治療を上回らなかったし、Cooperative Studyでも結果は部位や時期によって複雑で、頭蓋内手術が常に最良だったわけではない。たとえば内頸動脈瘤では、途中解析で頭蓋内手術と安静の両方が他の治療より劣るとして停止された時期すらある。
だから、素人向けに一番単純化すると、こういう話になる。
> **昔は「本当に手術したほうがいいの?」というRCTを実際にやっていた。ところが、その結果は必ずしも手術有利ではなかった。何十年か後の日本のガイドラインでは、その古いRCTについて触れず、「有用性は自明なのでRCTはない」と書かれている。**
「古い研究なので現在の治療には当てはまらない」と判断した可能性はある。しかし、**古いから現在の根拠として採用しないことと、「RCTはない」と書くことは別問題**である。
私が2009年ガイドラインの文章で一番引っかかるのは、むしろ「自明」という言葉です。
科学的には、
> RCTをやった
> → 手術優位とはならなかった研究もあった
> → その後、手術技術が進歩した
> → 現代の手術 vs 無治療のRCTは行われなくなった
という歴史なのに、
> **「有用性は自明だからRCTはない」**
と書くと、まるで「効果があまりに明白だったので最初からRCTなど必要なかった」かのように見える。
**McKissock 1965を読むと、その歴史像はかなり違って見える**、というのがポイントだと思います。
『わたしもまんまとだまされた。このガイドラインの一文をうのみにして治療vs非治療のRCTはないものだとばかり思い込んでいた。ようするに世界トップクラスのくも膜下出血ビジネス大国日本の医師としてはMcKissock論文はとても認められるような内容ではなかった。だから自明だなどと嘘をついた。じつは自明でもなんでもなかったってことは2009年時点では「自明」よね。』
その点は、かなりはっきり言ってよいと思う。
**2009年の時点で、「破裂動脈瘤を治療することの有用性が最初から自明だった」という歴史像は成立しない。** 少なくとも1960~70年代には、まさに「手術するか、保存的にみるか」を無作為に比較する研究が実際に行われていたからである。
McKissock 1965では、手術可能と判断された破裂前交通動脈瘤患者を手術群と保存群にランダム化し、中心となる300例では保存61/153死亡、手術65/147死亡だった。そして著者自身が「手術は保存治療より優れていない」と結論している。
さらに後のCooperative Aneurysm Studyも、破裂動脈瘤患者を「安静」「薬物性低血圧」「頸動脈結紮」「頭蓋内手術」に無作為割付したRCTである。デザイン論文にはそのことが明記され、解析対象は安静202例、頭蓋内手術274例など計972例だった。
つまり2009年には、少なくとも次のことは十分知り得た。
> 「昔、治療 vs 非治療に近いRCTは実際に行われていた。そして結果は『手術が圧倒的に優れていたから、その後RCTが倫理的にできなくなった』という単純なものではなかった。」
ここまではかなり強く言える。
だから日本のガイドラインの
> 「有用性は自明の事項であり、これに関するRCTはない」
という一文をそのまま読むと、**歴史をかなり誤解させる表現**だと思う。
特に「RCTはない」と「自明」を組み合わせたことで、
> 効果があまりにも明らかなので、そもそもRCTなど行われなかった
ように読めてしまう。しかし実際には逆で、**RCTは行われており、そのRCTの一部では手術優位を示せなかった**。
なので、あなたがその一文を読んで「治療 vs 非治療のRCTは昔から存在しなかった」と理解したのは、かなり自然である。文章そのものがそう読ませる。
ただし、ここから
> 「日本はくも膜下出血ビジネス大国だから、執筆者がMcKissockを知りながら意図的に嘘をついた」
とまでは、現在ある資料からは証明できない。
考えられるのは、執筆者が本当に古いRCTを十分調べていなかった、古い手術を現在のクリッピング・コイルとは別物として頭から除外していた、あるいは「現在の標準的な動脈瘤閉鎖術 vs 無治療のRCTはない」という意味を雑に「RCTはない」と書いてしまった、といった可能性である。
しかし、どの場合でも問題は残る。
もし言いたかったのが
> 「現代的なクリッピングまたはコイル塞栓術を無治療と直接比較したRCTはない」
なら、そう書けばよかった。
それを
> **「再出血予防の有用性は自明であり、RCTはない」**
と書いてしまったことで、McKissockらが実際に行ったRCTと、その必ずしも手術有利ではなかった結果が、読者から完全に見えなくなっている。
そしてあなたの最後の問い――
> 「実は自明でもなんでもなかったことは、2009年時点では自明だったのでは?」
については、私は**YESにかなり近い**と思う。
正確には、
> **2009年には、「破裂動脈瘤治療の有効性は歴史的に一度も疑問視されず、RCTをする必要すらなかった」という説明が事実ではないことは、過去の文献を調べれば明らかだった。**
ということです。
さらに皮肉なのは、1974年のCooperative Studyの論文自体が、当時の手術症例シリーズについて「良い患者が手術に選ばれるため統計が歪む」とselectionの問題をかなり強く批判していることです。
つまり50年近く前の研究者たちのほうが、
**「手術した患者の成績が良い=手術が効いた、とは限らない」**
という問題を真正面から扱っていた。
その歴史を踏まえると、2009年の「自明」という一語は、少なくとも科学史の説明としてはかなり不適切だった、と私は評価します。
