脳卒中になって、頻繁に "脳の可塑性" という言葉を
耳にするようになった。
初めて聞いたのは
理学療法士に
『歩けるようになると思いますか?』
と尋ねた時だった。
するとなにやらムツカシイ顔をして
『のうのかそせいがねぇ…』と考える素振りをしてごまかされた。
おおっ、なにか奥の深いことに思いを巡らせているに違いない!、
と その時は 思った。
しかししばらくすると、この"脳の可塑性"という言葉は、
ただ便利でかつ、なにも説明していない用語であることに気がついた。
"脳の可塑性"というのは、脳の新たな環境への適応能力を
言い換えたものであって、単に学習能力といってもいいかもしれない。
リハビリがうまくゆけば、この方法は脳の可塑性を活性化した、と言い、
リハビリに失敗すれば、あなたの脳にはもう可塑性がないと言う。
これで何かの説明になっているのだろうか?
そもそも可塑性は測定可能な量なのか?
そうではない思う。
これに触れることで意味があるのか?
…
たぶんこういうことだと思う。
この脳卒中リハビリについての研究は、
流行りの科学分野から置き去りにされている非常に地味な世界である。
遺伝子解析やコンピュータ技術とはまったく無縁で、
運動機能の客観的指標を得ることすらとても難しい世界である。
再現性をもって患者を回復させるなんてとんでもない、
いわば、勘と経験に頼る職人の世界でもある。
関係者はどうにかして そこに学問の匂いをさせたい、と考えていた。
あるときだれかが、脳ブームにあやかって、
単に患者が環境に適応することをもって、
"脳の可塑性" と呼ぶことにした。
するとどうだろう、
会話の中に"脳の可塑性"という言葉を挟み込むだけで、
なにやら自分は最新の神経生理学と脳機能解析技術に多少なりとも通じている、
という印象を漂わせることができるようになったのである!
で、瞬く間に広まった。
そんなとこかな、と思う今日この頃。