元2025 6月 カナダ
・ テスト結果としては、全体的に平均的なスコアで、大きな問題は見られなかった。・ しかし、自分で「困っている」と感じている人は多く、* 「頭の回転が遅くなった」と感じている人:54%* 「物忘れが増えた」:51%* 「集中しづらい」:51%* 「同時に複数のことをこなせない」:47%・ テストの点数と、自分が感じている困りごとの間には関係がなかった。・ 社会参加とよく関係していたのは、* 自分で感じている認知の調子* 柔軟に考えを切り替える力(認知の柔軟性)* 不安、気分の落ち込み、ストレス反応、疲れやすさであった。
🎯なぜ主観的な訴えは、客観的検査で見逃されるのか?
1. 検査が「静かで単純」すぎる
- 客観的検査(例:電話式の認知テスト)は、
🔹静かな場所で
🔹短時間で
🔹単一タスクを
行うよう設計されている。 - でも現実の生活では、
🔸周囲がうるさい
🔸注意を切り替える必要がある
🔸長時間がんばらなきゃいけない
といった複雑な負荷がかかる。
→ 現実の困難を模倣できていない。
2. 「脳の疲れやすさ」は点数に出にくい
- テストは通常、数分〜数十分で終了する。
- しかし、「1日を通してだんだん脳が働かなくなる」といった訴えは、検査中には出てこない。
→ 持続的な脳の疲労感は評価されない。
3. “やれるけど、しんどい”は測れない
- 検査では「できたか/できなかったか」しか見ていない。
- 本人は「できたけどすごく疲れた」「このぐらいのことでヘトヘトになる」と感じている。
→ テストでは問題なし。でも現実ではつらい。
4. 感情やストレスの影響が無視されがち
- 不安、うつ、PTSDなどがあると、集中力や意欲に大きな影響が出る。
- しかし客観検査は、その日の気分や心理的負担を考慮しない。
→ 心理的要因と認知の“相互作用”が無視される。
5. 本人の自己モニタリング能力にも左右される
- 「困ってる」と感じるのは、自分の中の変化に敏感な人。
- 逆に、自己認識が鈍っている人は「困ってること」に気づかないこともある。
→ そもそもテストと主観の世界はズレている。
🔚まとめ(たとえで言うなら…)
🔍客観的検査は「冷蔵庫が動くか」を見るようなもの。
🧠主観的訴えは「冷蔵庫がうるさい・電気代が高い」といった生活実感。
どちらも「正しい」けれど、見る角度が違う。
だから、両方を合わせて見ないと真の問題はつかめないのである。