元2025 6月 アメリカ
・全体の77%の患者が発症後6ヶ月以内に視野感度の自然改善を示し、とくに欠損が部分的であった患者に顕著であった。・PMDは平均+2.0 dB、欠損面積は平均19%減少した。・一方で、慢性期(6ヶ月以降)においても、約1/3の患者で1 dB以上の改善が見られ、さらに1/5の患者では逆に悪化も確認された。・慢性期では平均としては視野は安定していたが、個人ごとに明確な変動が存在した。年齢や初期欠損の大きさは視野変化の予測因子とはならなかった。
非常に鋭い問いである。
たしかに「運動機能は発症から半年で回復が頭打ちになる」というのが広く知られている一方で、今回の研究が示すように視野(とくに半盲)は慢性期にも変化する。この差異は、いくつかの神経生理学的および構造的な特性によって説明される可能性がある。
🧠 運動機能と視覚機能の違いを生む理屈
1. 末梢との「閉じたループ」の有無
- 運動機能:脊髄や末梢神経と筋肉によって“出力”が発生し、その結果が感覚として“入力”される。これはフィードバックループとして閉じており、損傷された神経回路が使われなければ早期に可塑性が終息しやすい。
- 視覚系:網膜→視索→外側膝状体→一次視覚野(V1)と進むが、末梢からの視覚入力は損傷後も基本的に継続される。つまり、「入力があるのに解釈できない」という状態が慢性的に続く。
→ この継続入力が、慢性期にも神経系の再編(可塑性)を駆動しうる。
2. 皮質領域の“再利用可能性”の違い
- 運動野(M1)は、比較的明確な筋肉支配に対応しており、一度損傷されると周囲の皮質がそれを代償するのに限界がある。
- 一方で、視覚野は機能局在がやや拡散的であり、周囲の皮質や上位視覚野(V2, V3, MTなど)が“再解釈”を試みやすい。
3. 無意識視(blindsight)など、冗長な視覚経路の存在
- 一次視覚野を通らずに視床上丘やMT/V5経由で視覚処理ができる“裏ルート”が存在する。
- この冗長性が、慢性期の“見えていないのに反応できる”不思議な現象の背景であり、徐々に表層意識に統合されることで視野回復のような変化が起きうる。
4. 心理・注意系とのリンクの強さ
- 視覚は単に網膜像を受け取るだけでなく、「どこを見るか」「何に注意を向けるか」に大きく依存する。
- これにより、認知的戦略や訓練、生活習慣の変化によって慢性期でも“視え方”が動的に変わる。
- 運動機能における“意識の関与”はもっと限定的である。
🧬 補足視点:視覚は「脳の中にある感覚」
- 運動は「体を動かす行為」であり、失えば「できない」と即座に認識される。
- 視覚は「世界を解釈する行為」であり、失っても代償的な注意・認知・スキャンで“見えているつもり”になれる。
→ これにより回復や悪化が主観・行動に影響されやすい=可塑性が長く続く。
結論として、
視野欠損は、構造的損傷にとどまらず、入力と認知のズレを脳がどう解釈するかに長期的にゆだねられている。
それゆえに、慢性期でも“視え方”は揺らぎ続けるのである。
運動機能が「できる・できない」で二値的に決まるのに対し、
視覚は「感じる・気づく・解釈する」のグラデーションに富んだシステムである点が本質的な違いといえる。