元2025 11月 トルコ
脳卒中のあとに起こるうつ症状(いわゆる脳卒中後うつ:PSD)は多くの患者にみられるものである。
うつが回復や日常生活の質を下げることは以前から知られていたが、うつそのものが脳卒中の再発を引き起こす要因になるのか、また認知機能の低下と直接的な関係を持つのかについては、十分に明らかではなかった。
さらに、脳のどの部位の損傷がうつの発生と関係するのかも不明な点が多かった。
そこで、脳卒中後のうつが再発リスクや認知機能障害にどの程度関わるのか、そして病変部位との関係についてくわしくしらべてみたそうな。
急性期の脳梗塞患者 1059 名を対象として、52 週間の前向き追跡調査が行われた。
参加者は検査時点のうつ症状の有無によって、次の二つの群に分けられた。
・うつ症状があり、抗うつ薬による治療をまだ受けていない患者 193 名
・うつ症状のない患者 866 名
MRI により病変部位を、皮質、皮質下、皮質と皮質下の両方にまたがる部位の三つに分類した。
認知機能については、記憶、注意、処理速度、言語、視空間能力など複数の領域で検査が行われ、
一年後に脳卒中が再発したかどうかが評価された。
次のようになった。
・皮質と皮質下にまたがる部位(cortico-subcortical)に病変を持つ患者は、最も高い割合で脳卒中後うつがみられた(p = 0.032)。・一年後の脳卒中再発率は、
うつ症状がある群では 28.3 パーセント、うつ症状のない群では 18.9 パーセントであり、再発はうつのある群で明らかに多かった(p = 0.006)。
・多変量解析によって、脳卒中後のうつは再発を引き起こす独立した危険因子であることが示され、高血圧や心房細動と並ぶ重要な要因であると判定された(OR = 1.64)。・また、認知機能の検査結果では、うつのある患者のほうが実行機能、処理速度、記憶、言語、視空間などすべての領域で成績が低かった。
脳卒中後のうつは単なる心理的な反応ではなく、脳卒中再発や認知機能の悪化を招く重要な医学的リスクであることが示された。
特に、皮質と皮質下を結ぶ脳内ネットワークが損傷すると、うつの発生につながりやすく、そこから再発と認知低下の悪循環が生じる可能性が高い。
そのため、脳卒中後の経過観察においては、身体症状だけではなく、気分や意欲の低下など、うつの兆候を早期に見つけて対応することがきわめて重要である、
というおはなし。
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うつが「単なる気持ちの問題」ではなく、脳と体の変化によって引き起こされる「医学的な現象」である理由を、できるだけやさしく説明する。
うつは脳の病気である、という根拠
うつになると、脳の中で次の三つの変化が実際に起きると言われている。
- 脳の回路(ネットワーク)がうまく働かなくなる
- 神経伝達物質のバランスが崩れる
- 炎症反応が全身と脳で起こる
この三つが互いに影響し合い、気分の落ち込みや思考力の低下、疲労、意欲低下などが生まれる。
1. 脳の回路の障害
人間の脳には「感情を調整する」「不安を抑える」「考える」などの役割を持つ回路が存在する。
特に重要なのは
- 前頭前野(ものを考え、判断し、感情を制御する)
- 海馬(記憶、ストレス耐性)
- 扁桃体(恐怖や不安などの情動)
これらは道路(白質線維)でつながったネットワークとして動いている。
しかし脳卒中によってこの道路が壊れると、次のようなことが起こる。
感情のブレーキが壊れる ストレスの処理ができない 考えて気持ちを整える力が落ちる
その結果、うつ症状が自然に発生する。
つまり、心の弱さではなく、脳の回路の障害によって感情がコントロールできなくなる現象である。
2. 神経伝達物質の変化
脳のコミュニケーションの材料である
- セロトニン(安心感)
- ノルアドレナリン(活力)
- ドーパミン(喜び、やる気)
が減少することが多くの研究で確認されている。
材料が不足すれば、やる気が出ない、楽しく感じない、眠れない、食欲が乱れるといった症状が自然に起きる。
これは
ガソリン切れの車が動かなくなるのと同じ
であり、本人の努力でどうにかできる問題ではない。
3. 炎症(inflammation)の関与
近年の医学生物学では、うつを「炎症性疾患」ともみなす。
ストレスや脳損傷によって
- IL-6
- TNF-α
- CRP
といった炎症物質が増える。
炎症が増えると、
血管が傷む 血液が固まりやすくなる 脳の白質が障害される 神経細胞の働きが弱くなる
これが疲労感、集中力低下、思考力低下、悲観思考を生み、脳卒中の再発にもつながりうる。
うつと脳卒中再発が結びつく理由はここにある。
まとめ(やさしい言葉で一行)
うつは心の弱さではなく、
脳の回路が壊れ、 脳内物質のバランスが崩れ、 体の炎症が高まることで起きる 「からだの病気」
である。
だからこそ、気持ちの持ちよう、根性論、励ましだけでは治らない。医学的な対策(リハビリ、薬、睡眠、食事、運動、支援)が必要となる。
