車椅子にも慣れて、
病棟のフロア間の移動許可が出たとき、
看護師さんがエレベーターの前で私に説明してくれた。
『下へ降りたい時にはこの矢印のボタンを、
上に行きたい時にはこっちの矢印のボタンを押すんですよ。
わかりましたか?』
とわたしに訊く。
まるで小学生に教えるように説明する。
なんでこんな当たり前のことをわざわざ教えてくれるのか
まったく理解できなかった。
そこで、
『じゃ、上に行きたいときにはこっちの(下向き)ボタンを押すんですね。』
と 少し笑みを浮かべながら わざと逆のことを言ってみた。
すると、
『いえいえ 〇〇さん ちがいます。こっちを押すんです。』
と また最初から教えてくれる。
わざと間違えていることがわからないのか…
おれはそんなにバカそうにみえるのかな…と思いながら、
あえてもう二度 逆のことを言ってみたが、やっぱり最初から何度でも丁寧に教えてくれる。
そのとき ハッと気がついた。
そういう患者が居るんだってことに。
一見して頭がしっかりしていそうに見えてもシンプルなことが理解できなくなっている状態。
単純な数字の足し算ができなくなってしまったひと、
漢字がまったく読めなくなってしまったひと、
矢印の方向の区別がつかなくなってしまっているひと、
よく注意してみると、同室の患者仲間にもそういいうひとがいた。
会話しているだけでは分からない。
高次脳機能障害というのだろうか。
人知れぬ苦労があるに違いない。