元
脳内出血(ICH)後の運動機能回復は、通常3か月から1年以内に評価されることが多い。
しかし、実際には1年を過ぎてから回復する例もあると考えられており、そのような長期的経過を丁寧に追った研究はほとんど存在しない。
このことにより、回復可能性が過小評価され、臨床現場での支援やリハビリの判断にも偏りが生じる恐れがある。
そこで、脳内出血後の運動回復がどれほど長期間にわたって継続するのかを明らかにするべく、1年以降に回復する患者の特徴をくわしくしらべてみたそうな。
2013年から2023年にかけて、中国国内の23施設において登録された非ヘルニア型の大脳半球性脳出血患者1624名を対象に、最大91か月(約7年半)の長期追跡を行った。
評価指標には「自立した立位保持の獲得」を用い、これを運動機能回復の明確なマイルストーンとして設定した。
追跡は3か月、6か月、1年、以後毎年のタイミングで実施され、回復率、回復までの期間、予後に関連する因子について統計解析が行われた。
次のようになった。
・全体の約75パーセント(1223名)が最終的に立位機能を回復した。
・このうち約10パーセント(105名)は、発症から1年を超えて回復していた。
しかしその勢いは時間とともに弱まっていった。発症からおよそ44か月までは回復例が観察された。
・運動機能の予後に関連する因子として、年齢、意識レベル(GCSスコア)、出血量、出血部位(深部か皮質か)、脳室内出血の有無、入院病院の等級などが有意に関連していた。
・さらに、1年以内に回復しなかった患者に限定した解析では、年齢のみがその後の回復を妨げる独立した要因であることが明らかとなった。
脳内出血後の運動回復は、1年で止まるものではなく、最大で3年程度まで回復が継続する可能性がある。1年時点で立位が困難であったとしても、その後さらに時間をかけて回復に至る症例が確かに存在する。
したがって、運動機能の評価やリハビリ中止の判断を1年以内に固定化するのは適切ではなく、少なくとも3年間の長期的な経過観察と支援が望ましい、
というおはなし。
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『こういった長期の運動機能回復は脳内出血だからなの?脳梗塞では起きないの?』
「長期にわたる運動機能の回復」が脳内出血(ICH)特有の現象なのか、それとも脳梗塞(CI)では起きないのか──
この疑問に対して、以下のように整理してお答えする。
結論から言えば、
脳梗塞でも長期回復は起きうるが、脳内出血のほうが「より長く・遅く」回復する傾向がある。
つまり、両者で「回復の時間軸の傾向」に違いがあるということである。
【1.損傷の仕方の違い】
脳梗塞(CI):
・血管の閉塞 → 虚血 → 脳細胞の壊死
・壊死した部位は基本的に不可逆的である
脳出血(ICH):
・血管の破裂 → 出血 → 脳の圧迫や浮腫
・血腫は時間とともに吸収され、可逆的に改善する余地がある
→ よって、脳出血のほうが「遅れて回復する可能性」が構造的に残されている。
【2.回復の時間プロファイルの違い】
脳梗塞では:
・回復のピークは発症後3か月以内
・6か月以降は改善が鈍化し、1年以降の新たな回復は少ないとされてきた
脳出血では:
・血腫の吸収や周囲組織の再編成に時間がかかる
・発症から1~3年にわたる遅延回復が実際に確認されている
→ 回復の「時間的な持続性」において、両者には明確な差がある。
【3.実際の研究ではどうか】
・脳梗塞でも、1年以降に運動回復を示す症例は存在する
・しかし、頻度は少なく、論文化された事例も限られている
・脳内出血では、本研究のように「約10%が1年以降に回復」という統計的に意味のある現象として観察されている
→ 脳出血の方が、臨床研究としても長期回復が「見える化」されやすい
【4.神経可塑性はどちらにも起きる】
脳梗塞でも脳出血でも、神経ネットワークの再編成(可塑性)は起きうる。
ただし、それが起きる条件には次のような影響がある:
・年齢(若い方が有利)
・障害された部位(運動野か、伝導路か)
・リハビリの質と継続性
・意欲や認知機能、社会的支援の有無
→ 脳梗塞だから長期回復が「起きない」のではなく、
回復のポテンシャルを引き出す条件が整っていないことが多い、という解釈もできる。
【総括】
1.脳出血では、血腫や浮腫が時間とともに吸収されることで、遅延した回復が起きやすい
2.脳梗塞でも長期回復はありえるが、頻度は低く、支援や観察も限定的である
3.どちらの病態でも、「回復するかどうか」は時間だけでなく支援の質に依存している