元2025 9月 アメリカ
・対象は1972例で、そのうち急性虚血性脳卒中(AIS)が1448例(73.4%)、脳内出血(ICH)が524例(26.6%)であった。ICHの死亡率は27.1%と高く、AISの7.2%と比べて大きかった。・降圧治療:60分以内に降圧できたICH患者は、そうでない患者に比べて自宅やリハビリ施設に退院できる確率が有意に高かった(aOR 7.48, 95%CI 1.99–28.09)。しかし、死亡率には差がなかった(aOR 0.95, P=0.15)。・リバース治療(中和):ICH患者の26.6%が抗凝固薬を使用しており、そのうち64.1%がリバース治療を受けた。90分以内に中和薬を投与できた患者では、死亡率が半分近くまで低下した(aOR 0.49, 95%CI 0.24–0.99, P=0.046)。ただし、退院先が良好になるかどうかには有意差は認められなかった。
とても本質的な問いかけである。医学的な「予防の成功」と、患者や社会から見た「治療の是非」は必ずしも一致しない。以下の観点で整理する。
1. 医学的な「予防の成功」とは
心房細動では脳梗塞のリスクが大きく高まる。
- 抗凝固薬はそのリスクをおおよそ6割減らすことが複数の臨床試験で示されてきた。
- 臨床試験やガイドラインが示す「成功」とは、母集団全体で見たときに「脳梗塞を防げた人数 > 出血で命を落とした人数」という統計学的な損益勘定を意味する。
したがって、ある患者が出血で亡くなったとしても、集団全体での利益が勝っていれば「治療戦略としては妥当」と評価され得る。
2. 倫理的・患者個人の視点から
しかし、当人や家族から見れば「一生脳梗塞にならなかったが出血で亡くなった」という結果は受け入れがたい。
- 「予防は成功した」という表現は人間的感覚に反する。
- 実際には「脳梗塞は防げたが、出血リスクの見積もりや対策が不十分だった」と捉えるのが適切である。
3. 医学が抱えるトレードオフ
心房細動における抗凝固療法は「脳梗塞を防ぐ利益」と「出血による害」を秤にかける治療である。
- 高リスク患者では利益が明確に大きく、抗凝固が推奨される。
- 低リスク患者では害が利益を上回る可能性があり、近年のガイドラインはむやみに投与しない方向である。
- 現実には一部の患者が出血で命を落とすことがあり、これは確率論的に避けられない側面として医療者は常に向き合っている。
4. まとめ
「一生脳梗塞にならなかったから予防は成功」と言い切るのは、統計的な文脈では一部成立しても、患者個人の観点では失敗としか言いようがない。抗凝固薬は集団全体では救命効果をもたらす一方、個人には致死的出血のリスクを背負わせる矛盾を内包する。そのため、低リスク患者には投与しない、毎年リスクを再評価する、左心耳閉鎖など薬以外の選択肢を検討する、といった実践が重要となる。