~ 5000超の記事をシンプルな単語で検索するよ!

2025年4月2日

注射の陰に隠れた治療法――痙縮手術が受けられない構造的理由

2025  3月  スウェーデン


脳卒中によって痙縮を生じる患者は多く、約4割が何らかの痙縮症状を呈するとされている。痙縮により筋緊張が高まり、疼痛や拘縮、変形、衛生面の困難が生じ、日常生活の質が著しく低下する。

その治療にはボツリヌス毒素A(BoNT-A)注射や手術が用いられるが、臨床の現場ではBoNT-Aへの依存が高く、手術の適応が十分に検討されていないとの指摘がある。

そこで、スウェーデンにおけるBoNT-A治療および痙縮軽減手術の実施状況を、全国規模の登録データを用いて12年間にわたりくわしくしらべてみたそうな。



スウェーデン国家患者登録データベースを用いて、2010年から2021年にかけてBoNT-A注射または痙縮軽減手術(腱切離術、腱延長術、神経切除術など)を受けた脳卒中後患者6,258名を対象に解析を行った。BoNT-A注射の回数、手術の実施率、地域差、およびBoNT-Aの術前・術後の頻度変化について検討された。統計解析にはWilcoxon符号付順位検定が用いられた。



次のようになった。

・対象患者の平均年齢は58歳、男性が59%を占めた。

・手術を受けたのは全体の19.5%(1,223名)であり、最も多かったのは腱切離術であった。

・BoNT-A注射を術前・術後に受けた865名については、術前平均1.5回/年だった注射頻度が、術後は0.9回/年に有意に減少していた(p<0.001)。

・BoNT-Aの総施行件数は12年間で大きく増加した一方で、手術件数は横ばいであった。

・さらに、BoNT-A注射には超音波ガイドの利用が増加していた。地域間では手術実施率に大きなばらつきがみられた。


痙縮軽減手術はBoNT-A注射の必要性を有意に低下させる可能性がある。しかし、BoNT-Aに比べて手術は著しく過少に利用されており、とくに高齢者においてその傾向が強いと推測される。痙縮治療においてはBoNT-Aに頼るだけでなく、手術を含めた多角的なアプローチが必要であり、今後は治療選択肢の適切な提示と臨床ガイドラインの整備が求められる、


というおはなし。

痙縮軽減手術のススメ


感想:

『手術が2割とまりな理由は?』



なぜ痙縮軽減手術が2割にとどまるのか?

「痙縮軽減手術を受けた脳卒中患者が2割にとどまる」――この現象には、患者の希望や重症度だけではなく、医療制度・文化・知識の偏りなど複雑な要因が絡んでいる。

1. BoNT-A注射が第一選択として定着している

非侵襲的で繰り返し可能なBoNT-Aは医師・患者ともに選びやすい。実際、2010年から2021年でBoNT-A施行件数は2.5倍以上に増えたが、手術件数は横ばいであった。これは「まず注射、手術は最後の手段」という慣行を反映している。

2. 手術を実施できる医療資源が限られている

論文では手術の地域差が5倍に及ぶとされ、専門医や対応施設の偏在が浮き彫りになっている。医療アクセスの格差が、手術のチャンスそのものを左右している。

3. 手術という選択肢が知られていない

多くの患者は手術に「紹介されないまま終わっている」と著者は述べる。BoNT-Aでの経過観察が続くうちに、医師も患者も手術の検討を見送ってしまう現実がある。

4. 手術のエビデンスがBoNT-Aほど明確でない

BoNT-Aは短期効果に関する多数の研究があるが、手術は長期成績や患者選定の基準が不明確に思われやすい。そのため、医師側に「様子見で注射を継続する」保守的判断が働きやすい。

5. 高齢者では治療機会自体が奪われている

研究対象の平均年齢は58歳だが、スウェーデンの脳卒中平均年齢は74〜75歳。高齢者ほどBoNT-Aも手術も受けにくく、「見送られる」傾向が強い。

結論

手術が2割にとどまっているのは、需要がないからではない。
紹介されず、届かず、知られず、怖れられ、後回しにされている――
つまり、構造的・文化的に「遠ざけられている治療」なのである。



ご意見 ご感想はこちら

名前

メール *

メッセージ *