2026年10月22日

「RCTは存在しない」は本当か?――くも膜下出血手術、無視された半世紀前の研究

元
1978  5月  フィンランド


脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血では、再出血を防ぐために手術が行われる。

しかし、発症から数週間が経過し、全身状態が良好な患者に対しても手術が必要なのか、長期的な効果は十分にわかっていなかった。

そこで、くも膜下出血から平均7週間後に手術または保存療法を受けた患者について、約9年間の追跡結果を比べてみたそうな。



1964~1969年に、単一の脳動脈瘤から出血したくも膜下出血患者178人を対象とした。
患者をランダムに2群に分けた。
・手術群:86人
・保存療法群:92人
両群は年齢、性別、血圧、意識状態、動脈瘤の位置などを考慮して比較された。

発症から治療方針決定までの平均期間は7週間であった。
その後、患者の生存状況、再出血による死亡、日常生活の自立度、就労能力などを平均約9年間追跡した。



次のことが分かった。

・再出血による死亡は、手術群で6人(7.0%)、保存療法群で16人(17.4%)であり、手術群で有意に少なかった。

・一方、全原因による死亡は、手術群17人(19.8%)、保存療法群22人(23.9%)であり、有意差は認められなかった。

・心血管疾患による死亡は、手術群8人、保存療法群3人であった。著者らは、手術群で心血管疾患による死亡が多かったため、再出血死の減少が総死亡率の改善につながらなかったと説明している。

・11年生存率は、手術群76%、保存療法群75%とほぼ同じであった。

・また、追跡終了時に生存していた139人のうち、130人(94%)は日常生活で完全に自立していた。一方、43人(31%)は就労できない状態だった。

・生存者の生活機能についても、手術群と保存療法群の間に有意差は認められなかった。


くも膜下出血から平均7週間後に行う手術は、その後の致死的な再出血を有意に減らした。
しかし、全原因死亡率や生存者の生活機能を有意に改善することはできなかった。
初回出血から長期間経過しても致死的な再出血が起こりうる、


というおはなし。

くも膜下出血の手術?



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感想:

『みるからにおかしいところがあって、
保存群の死亡はピンポイントに「再出血がおおかった」とするいっぽう、手術群は心血管疾患という漠然としたくくりでおなじくらい亡くなっているの。
これ信用できないよね。結論ありきにみえるは。
1971年の最初のランダム化直後の短期結果では手術群と保存群で死亡率に有意差がなかったわけ。このままじゃマズイからせめて「再出血は防いだ」ってストーリーが欲しかった。それでこういうインチキ臭い論文書いたんじゃぁ、、ないの?』



以下、医師国家試験正答率98%AIの次の進化版GPT-6の回答コピペ↓



この疑念には、医学論文の信頼性を評価するうえで重要な論点が含まれている。

とくに問題なのは、1978年の報告が「手術によって致死的再出血は減った」と強調する一方で、「手術によって総死亡率は有意に減らなかった」という結果も同時に示していることである。

ただし、1971年の報告はランダム化直後ではなく、平均3年半の追跡結果である。また、1971年の時点ですでに保存療法群の致死的再出血9人が報告されていた。したがって、「1978年になって初めて再出血という評価項目を持ち出した」とは言えない。

それでも、死因判定の透明性が十分でないという問題は残る。

さらに踏み込むと、統計的にも気になる点がある。

1978年の致死的再出血は手術群6人、保存療法群16人で、有意差ありとされた。しかし、この数字をフィッシャーの正確確率検定で計算すると、両側p値は約0.041となる。

仮に保存療法群の16人のうち、たった1人が「再出血死」ではなく「別の心血管死」に分類されていた場合、6人対15人となり、p値は約0.064に変わる。

つまり、再出血死の判定が1例異なるだけで、統計学的な有意差は消えるほど微妙な結果なのである。

もちろん、実際に誤分類があったという意味ではない。しかし、それだけに死因判定の基準、判定者、治療群を伏せた判定の有無が重要になる。

この論文では、死亡診断書や剖検記録を確認したとは書かれているが、死因判定の具体的な基準や盲検化の手続きは説明されていない。

一方で、心血管死は手術群8人、保存療法群3人であり、その内訳も示されていない。

したがって、死因分類が治療効果の解釈を左右しているにもかかわらず、その分類方法を読者が十分に検証できないという批判は成立する。

ただし、「1971年の結果が不都合だったため、1978年に意図的な操作をした」という仮説には、もう一つ確認すべき事実がある。

1971年の原報は、状態良好な患者では自然予後が非常によく、遅れて行う手術の価値は限定的だと結論している。そして1978年の論文も、再出血死の減少を認めながら、状態良好な患者の長期転帰は手術の有無にかかわらず良好だと結論している。

つまり、著者らは総死亡率に有意差がない事実を隠しておらず、最終結論も全面的な手術推奨ではない。この点は、結論ありきの不正操作という疑いに対する反証方向の材料である。

私なら、この研究を次のように評価する。

「意図的なインチキ研究だった」と断定する証拠はない。しかし、死因分類の透明性が不十分なうえ、統計的有意差はわずか1例の分類変更で消えてしまう。それにもかかわらず、再出血死の減少を手術の利益として強調するのであれば、死因判定の妥当性について、より詳細な説明が必要であったはずだ。

そして、患者にとって最も重要な全原因死亡率と生活機能について、有意な改善が確認されなかったという事実は動かない。

要するに、問題の核心は「不正があったかどうか」以前に、「死因別死亡率の有意差を、総死亡率の改善が確認されない治療の有効性の根拠として、どこまで重視できるのか」という点にある。

参考文献

Troupp H, af Björkesten G. Results of a controlled trial of late surgical versus conservative treatment of intracranial arterial aneurysms. Journal of Neurosurgery. 1971;35:20–24. [https://doi.org/10.3171/jns.1971.35.1.0020]

Kaste M, Troupp H. Subarachnoid haemorrhage: long-term follow-up results of late surgical versus conservative treatment. British Medical Journal. 1978;1:1310–1311. [https://doi.org/10.1136/bmj.1.6123.1310]




『すくなくともこれは言えるよね。
日本の脳卒中治療ガイドライン2009には、くも膜下出血の動脈瘤治療において再出血予防の有用性は自明の事項であり、これに関するrandomized controlled trial(RCT)は存在しない、って書いてあるの(https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/nou2009_04.pdf)。今回の研究もRCTの結果よね。そのまえにはMcKissockのRCT(https://doi.org/10.1016/S0140-6736(65)92616-4)もあるし。しかも効果の有用性はぜんぜん自明じゃないし、、日本の脳外科は嘘つきが束ねているんだって。
日本と並ぶくも膜下出血ビジネス大国フィンランドもさいきんはひどくて、手術しないと死亡率65%である、という偏向論文(http://stroke.ahajournals.org/content/early/2017/03/01/STROKEAHA.116.015933)を書いて手術根拠にしているわけ。なんでこんなに腐っちゃったのかね?』



今回の指摘には、かなり重大な問題が含まれている。とくにフィンランドの2017年論文については、原文を確認したところ、死亡率65%という数字の作り方そのものに、強い疑問を抱かせる点が見つかった。

そして、日本の2009年ガイドラインについても、「RCTは存在しない」という説明は、過去の研究を広く見渡した場合、明らかに不十分である。

ただし、過去のRCTが存在することと、現代の急性期手術の有効性が否定されたことは同じではない。そこは区別する必要がある。

まず、フィンランドの2017年論文から検討したい。

この研究は、1968~2007年にヘルシンキ大学病院に登録された6850人の中から、破裂脳動脈瘤を治療しなかった510人を取り出し、1年死亡率65%と報告したものである。

ところが、方法の項目には、死亡日が判明している患者を選び、全員を死亡まで追跡したと書かれている。

つまり、510人は全員、最終的に死亡した患者なのである。

これは非常に重要だ。

生存している未治療患者を除外してしまえば、1年死亡率は未治療患者全体の死亡リスクを正しく表さなくなる。実際に計算されるのは、死亡した人のうち何%が最初の1年間に死亡したか、という数字に近いものになる。

もし生存者を解析対象に含めていないのであれば、65%を「手術しなかった患者の1年死亡率」として一般化することには根本的な問題がある。

さらに、この510人が治療されなかった理由も原文に示されている。

状態が悪かったため40%、手術が困難と予想されたため19%、手術予定前に死亡したため16%である。

この3つだけで75%に達する。

つまり、未治療群には、もともと重症だった人や手術する前に死亡した人が大量に含まれているのである。

これを、比較的状態のよい手術患者の死亡率と並べて治療効果を論じることはできない。

著者ら自身も、紹介患者の選択によるバイアスや、対象が現代の患者を代表していないという限界を認めている。

それにもかかわらず、研究責任者のKorjaは2017年のインタビューで、この結果を現代の患者に当てはめ、治療しなければ75~89%が1年以内に死亡すると述べている。

これは、研究デザインの限界を超えた外挿である。

もう一つ、2017年論文の表1には、研究の性質をよく表す数字がある。

1968~1971年に登録された未治療患者の1年死亡率は28%だった。それが1988~2007年の患者では94%に跳ね上がっている。

同時に、登録時に重症だった患者の割合は6%から76%に増えている。

これは、年月とともに未治療患者の集団そのものが大きく変質したことを示している。

手術で助かりそうな患者は手術され、手術できないほど重症な患者が未治療群に残るようになった、という説明と整合的である。

それなのに、このように性質の異なる患者を40年間にわたって集め、全体の死亡率65%を「未治療の自然経過」として提示している。

しかも、その数字を現代の患者にも適用しようとしている。

これは単なる細かな統計上の問題ではない。治療を受けなかった場合の予後を推定する研究として、核心にかかわる問題である。

次に、日本の2009年ガイドラインである。

原文の193ページには、確かに「破裂脳動脈瘤の再出血予防の有用性は自明の事項であり、これに関するRCTはない」という趣旨の記述があり、それでも推奨グレードAとしている。

しかし、McKissockらは1960年、1962年、1965年に、破裂脳動脈瘤に対する手術と保存療法のランダム化比較試験を報告していた。

1965年の前交通動脈瘤のRCTについては、2012年に発表された歴史的レビューが興味深い数字を紹介している。

比較対象となった患者群では、保存療法群153人中61人が死亡し、手術群136人中54人が死亡した。死亡率はどちらも約40%だった。

しかも、この1965年論文は、手術が保存療法に優れているとは結論しなかった。

さらに1971年のフィンランドRCTでも、平均3年半の追跡で治療成績に有意差は認められなかった。1978年の長期追跡でも、再出血死は減少したものの、総死亡率に有意差はなかった。

つまり、ガイドラインが作成される何十年も前から、まさに手術と保存療法の利益を比較するRCTが存在していたのである。

もちろん、当時の手術技術は現在と異なる。1971年の試験は平均51日後の待機的手術であり、現代の発症72時間以内の治療について同じ結論を出すことはできない。

したがって、ガイドラインの文章を「現代の早期再出血予防処置について、そのまま適用できるRCTはない」という意味に限定すれば、歴史的RCTの存在と必ずしも矛盾しない。

しかし、その限定を明示せずに「RCTはない」「有用性は自明」と書けば、過去のRCTそのものが存在しなかったかのような印象を与える。これは科学的な説明として不親切であり、批判されるべき点である。

では、なぜこのような研究やガイドラインが生まれるのか。

私が注目するのは、治療方法の正しさが、検証すべき仮説から、疑う必要のない前提へと変わっていく過程である。

動脈瘤を閉鎖すれば、その動脈瘤からの再出血を防げるという機械的な理屈は理解しやすい。

しかし、再出血を防ぐことと、患者を長く生存させ、良好な生活機能を維持することは、同一ではない。

手術には合併症や死亡のリスクがあるからである。

それにもかかわらず、「再出血を防ぐ」という中間的な成果が治療の正当性を代表するようになると、総死亡率や生活機能について期待した改善が認められなくても、治療の前提は維持されやすくなる。

加えて、いったん治療が標準化されると、未治療とのRCTを新しく実施することが倫理的に困難になる。すると選択バイアスの大きい観察研究が残り、その観察研究が標準治療の正当化に使われる。

こうして、標準治療であるという事実が、標準治療の正しさを支える循環ができてしまう。

手術件数や診療報酬、専門医としてのキャリア、病院の設備投資などが、既存治療を維持する方向に働く可能性もある。ただし、今回の資料だけから、日本やフィンランドの研究者が経済的利益のためにデータを操作したとは言えない。

興味深いことに、先ほどの2012年の歴史的レビューは、脳神経外科の研究者であるJean RaymondとTim Darsautによるものである。彼らも歴史的RCTの重要性を訴え、その後の観察研究には交絡が多いことを指摘している。

つまり、脳神経外科の内部にも、こうした問題を批判的に検討する研究者は存在するのである。

結局、今回の資料から指摘できる最も重大な問題は、古いRCTの存在が十分に説明されないまま、治療の有効性が「自明」とされ、さらに2017年には選択バイアスの非常に大きい集団の死亡率が未治療の予後として提示されていることである。

「なぜ科学的に検証し続けなければならない治療が、検証するまでもなく正しいものになってしまったのか」

私は、この問いのほうが、個々の研究者を嘘つきと断定するよりも、医学界に対する強力な批判になると考える。

参考文献

McKissock W, Richardson A, Walsh L. Anterior communicating aneurysms: a trial of conservative and surgical treatment. Lancet. 1965. [https://doi.org/10.1016/S0140-6736(65)92616-4]

Troupp H, af Björkesten G. Results of a controlled trial of late surgical versus conservative treatment of intracranial arterial aneurysms. Journal of Neurosurgery. 1971. [https://doi.org/10.3171/jns.1971.35.1.0020]

Kaste M, Troupp H. Subarachnoid haemorrhage: long-term follow-up results of late surgical versus conservative treatment. British Medical Journal. 1978. [https://doi.org/10.1136/bmj.1.6123.1310]

Darsaut TE, Raymond J. Le rôle des essais contrôlés randomisés dans les indications de traitement des anévrismes intracrâniens : que peut-on apprendre du passé ? Neurochirurgie. 2012. [https://doi.org/10.1016/j.neuchi.2012.02.009]

Korja M, et al. Natural History of Ruptured but Untreated Intracranial Aneurysms. Stroke. 2017. [https://doi.org/10.1161/STROKEAHA.116.015933]

脳卒中治療ガイドライン2009、第4章、193ページ。 [https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/nou2009_04.pdf]

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