~ 5000超の記事をシンプルな単語で検索するよ!

検索キーワード「バイノウラルビート」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「バイノウラルビート」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2025年8月21日

脳卒中リハビリにおける音楽療法とバイノウラルビート

はじめに

脳卒中は運動機能や認知機能の障害に加え、情動面(うつや不安)や睡眠障害など様々な問題を引き起こします。近年、音楽療法がこうした脳卒中後のリハビリに有益であることが報告されており、飲み込み障害や失語症の改善、認知・運動機能の向上、気分の改善、神経学的回復の促進につながるとされています。音楽は脳の情動・認知・記憶・運動に関わる領域を広範囲に活性化しうるため、リハビリ治療への応用が期待されています。

本稿では、バイノウラルビート(binaural beats)を用いた音楽療法に注目し、その脳卒中後リハビリへの活用可能性を医学論文に基づき検討します。バイノウラルビートは左右の耳にわずかに異なる周波数の音を聞かせることで脳内に特定周波数の拍動音を知覚させ、脳波を誘導・同期させる方法です。この手法は聴覚的ニューロモジュレーション(音刺激による神経調整)の一種で、非侵襲かつ簡便に脳活動へ影響を及ぼせる点が注目されています。以下、バイノウラルビートが脳卒中患者の認知機能、運動機能、神経可塑性(脳の柔軟な適応能力)、睡眠、情動調整に与える可能性について、関連研究や音楽療法全般の知見も踏まえて整理します。

バイノウラルビート


音楽療法が脳卒中リハビリに与える効果

まず一般的な音楽療法の効果を概観します。音楽療法は単なる鑑賞から楽器演奏、歌唱、リズム運動まで多岐にわたり、脳のマルチモーダルなネットワークを刺激します。例えば音楽に合わせたリズム刺激は歩行訓練に応用され、リズミック・オーディトリ・スティムレーション(Rhythmic Auditory Stimulation; RAS)として広く知られています。RASのランダム化試験のメタ解析では、歩行速度や歩幅の改善、下肢運動機能(Fugl-Meyer Assessmentスコア)の上昇、バランス能力(Berg Balance Scaleスコアなど)の向上といった有意な効果が確認されています。これはリズム刺激が運動とタイミングの脳回路を同期させ、運動機能の再学習(モーターラーニング)を促すためと考えられます。

また、楽器演奏を取り入れた音楽療法(例:電子ピアノやドラムの練習)は上肢の巧緻運動の回復に役立つことが示されています。Music-Supported Therapy (MST)と呼ばれる介入では、慢性期脳卒中患者の麻痺した手の機能が有意に向上し、機能的MRIで損傷半球の聴覚-運動野ネットワークの活動・結合の回復(可塑的変化)が観察されています。さらに同患者群では、治療後に抑うつ症状の軽減やポジティブ感情の増加といった気分面の改善も報告されました。このように音楽療法全般は運動・認知・情動の幅広い領域に効果を及ぼし、脳の可塑性を引き出す包括的リハビリ手段となり得ます。

以上の音楽療法の効果の中で、バイノウラルビートが特に役立つと考えられるのは「脳波の誘導・同期」というユニークな特性による認知機能や情動状態の調整であり、さらにリズムによる覚醒水準の最適化を通じた運動学習の補助です。以下、バイノウラルビートの作用メカニズムと各機能領域への影響を詳しく見ていきます。

バイノウラルビートのメカニズムと一般的な作用

バイノウラルビートでは、例えば左耳に200 Hz、右耳に210 Hzの純音をヘッドホンで聞くと、その差分の10 Hzに相当する拍動音が脳内で知覚されます。この10 Hzはα波(8~13 Hz)の周波数帯に相当し、リラックスした覚醒状態に見られる脳波です。同様に、4 Hzの差を与えればθ波(4~7 Hz)~δ波(<4 Hz)に相当し、これはまどろみや睡眠状態の脳波、16~20 Hz差ならβ波(14~30 Hz)で集中・警戒状態の脳波に対応します。バイノウラルビート刺激(Binaural Beat Stimulation; BBS)は、こうした仕組みで脳波を特定帯域に誘導(エントレインメント)し、結果的に心理状態や認知パフォーマンスに変化をもたらすと考えられています。

既存研究から、周波数帯ごとの心理・生理効果の特徴が報告されています。低周波(δ・θ帯)のバイノウラルビートは不安の抑制や睡眠促進に有効であり、睡眠障害の軽減やリラクゼーション目的で利用する試みがあります(例:δ/θ帯の音楽を毎日聴かせ軽度不安を軽減したパイロット研究)。一方、高周波(β帯)の刺激は記憶・注意・覚醒度を高め、認知課題の成績や警戒心を向上させることが報告されています。例えばLaneらの研究(1998)では、16 Hzと24 Hzのトーンによるβ帯バイノウラルビートを聴取した群は、1.5 Hzと4 Hzのθ/δ帯ビートを聴取した群に比べて30分間の視覚注意課題で有意に成績が良く、かつ主観気分もよりポジティブでした。この結果は、高周波ビートが脳の覚醒レベルを上げ注意・集中力を高める一方、低周波ビートは鎮静効果が強く注意課題のパフォーマンスは低下しうることを示唆します。

総じて、バイノウラルビートは周波数帯域の選択によってリラクゼーションから集中亢進まで幅広く心理状態を調節し得るツールです。その応用可能性は大きく、実際に「気分や認知機能の改善」を目的に健康な人や患者に用いた複数の研究が存在します。系統的レビューによれば、バイノウラルビート刺激は記憶・注意などの認知機能や、ストレス・不安の軽減、モチベーションや自己信頼感の向上といった心理的効果が報告されており、脳波(EEG)の変化も含めた作用メカニズムが検討されています。さらに聴覚刺激によるニューロモジュレーションは、安全かつコスト面でも優れており、専門技術を要する経頭蓋刺激(tDCSやrTMS)などに代わる在宅でも可能な補完療法としても期待されています。

以上の知見を踏まえ、次節よりバイノウラルビートが脳卒中患者の認知機能、情動、睡眠、運動機能などに具体的にどう影響し得るか、関連する研究結果を詳述します。

認知機能への影響と神経可塑性の可能性

脳卒中後には記憶障害や注意障害、遂行機能低下など認知機能の低下が頻発します。また脳の再組織化(可塑的変化)を促すことが機能回復に不可欠です。バイノウラルビートの脳波誘導効果は、これら認知面の改善や可塑性の支援につながる可能性があります。

認知機能への直接的エビデンスとして、アルツハイマー病患者を対象に行われた試験では興味深い結果が出ています。Alzheimer型認知症患者に対しα帯域(10 Hz)のバイノウラルビート音を2週間聴取させた研究では、治療群で認知検査(MMSE)のスコアが有意に改善し、対照群では変化が見られませんでした。さらに治療群では抑うつ・不安ストレス指標(DASS-21)の得点も有意に低下し、EEG解析でもα波・β波・γ波パワーの増加など脳波スペクトルの変化が確認されています。認知症という別領域の研究ですが、音による適切な脳波帯域の賦活が認知機能を底上げし、気分症状も緩和し得ることを示す興味深い結果です。脳卒中後の認知機能障害にも、周波数選択的な聴覚刺激が神経回路の賦活や高次機能の回復をサポートする可能性があります。

実際、健常者を対象とした研究でも記憶・注意課題中のバイノウラルビートの効果が示唆されています。Beaucheneら(2017)はα帯域のビート刺激が作業記憶課題の応答正確度を上げ、脳の機能的結合を変化させることを報告しています。また別の報告ではγ帯域(約40 Hz)のビートが注意力トレーニングの習得を加速する可能性が示されました。40 Hz前後のγ振動は認知処理や神経同期に重要で、マウス研究では40 Hz光刺激や音刺激で脳内の可塑的変化(ミクログリア活性化による老廃物除去など)が生じたとの報告もあります。このように高周波数帯の刺激は注意・学習能力のブーストやシナプス可塑性の誘導に関与し得ると考えられます。

さらに神経可塑性という観点では、音楽療法それ自体が脳卒中後の脳ネットワーク再編を助けるエビデンスがあります。前述のMSTでは聴覚と運動のネットワーク結合が回復しました。バイノウラルビートも、左右両耳からの入力を中脳で統合する際に発生する現象であり、左右大脳半球の協調や皮質-視床ネットワークの同期を生む可能性があります。実際、バイノウラルビート刺激で脳の左右半球のα波コヒーレンスが上昇したとの報告もあり(Orozco Perezら, 2020)、脳全体の機能的結合に影響を及ぼすことが示唆されています。定常的なバイノウラル音響刺激の曝露は脳の可塑性を促進し、記憶保持力を改善し、学習・情報処理能力を高める可能性があるとも指摘されています。

もっとも、脳卒中患者における直接的な認知機能改善のエビデンスは現状限定的です。先行研究では意識障害(最小意識状態など)の患者に対し、お気に入りの音楽にα帯バイノウラルビートを重ねて聴かせることで、30回の治療後に意識レベル(昏睡尺度)が有意に向上したとの報告があります。この研究では脳波や脳幹誘発電位にも改善が見られ、音楽+αビートの組み合わせが通常の音楽だけより患者の覚醒度を高める効果が示されました。脳卒中後の高次脳機能障害に対しても、例えば注意力トレーニング時にβ/γ帯ビートを付加したり、リハビリ後のリラックスタイムにθ帯ビートで定着を促すといった応用が考えられます。これらは今後実証が期待される分野ですが、バイノウラルビートが脳の覚醒水準や情報処理効率を調節することで、リハビリ中の学習効果や再訓練効果を高める可能性が示唆されます。

情動調整・睡眠への効果

脳卒中サバイバーの多くは、抑うつや不安といった心理的ストレスを抱え、睡眠障害や日内変動の乱れが見られます。情動面のケアと睡眠の質向上は、リハビリ意欲や全身的な回復力に直結する重要な課題です。バイノウラルビートは上述の通り不安緩和やリラクゼーションに用いることができ、薬に頼らない音楽的アプローチとして注目されます。

具体的なエビデンスとして、バイノウラルビートの聴取が不安を低減した例があります。Le Scouarnecら(2001)のパイロット研究では、軽度の不安を抱える被験者15名に4週間、週5回程度、δ~θ帯域(睡眠領域)のバイノウラルビート音入り音楽を聴取させました。その結果、日々の自己評価で不安感が有意に減少し、終了時には状態不安(STAI)スコアも減少傾向を示しました。また別の試験では、手術前の患者にバイノウラルビート入り音楽を聴かせたところ、偽音楽や無介入に比べて術前不安が有意に26%ほど低下したとの報告があります。これらは聴覚刺激によるリラクゼーションが不安軽減に有効であることを示しています。

脳卒中患者に焦点を当てると、バイノウラルビート併用による心理リハの報告があります。Kotelnikovaら(2021)は、運動障害(脳卒中や整形外科疾患による)の患者93名を対象にリラクゼーション目的の音響振動療法を実施し、一部にバイノウラルビート成分を組み込んで効果を検証しました。その結果、情動面(不安・抑うつ)の改善や「動作への恐怖心(運動恐怖症)」の軽減においてバイノウラルビート併用群で有意な効果が認められました。一方で、痛みの軽減や認知(記憶・注意)の回復には有意な効果が見られなかったとも報告されています。つまり、バイノウラルビートは精神的安定やモチベーション向上には寄与するものの、認知機能自体の回復には直接的には寄与しにくい可能性が示唆されます。ただし認知訓練への応用に関しては前節のような周波数選択の工夫や長期的介入など検討の余地があり、さらなる研究が必要です。

睡眠への影響については、バイノウラルビートを睡眠改善に用いた研究は少ないものの、周波数帯と効果の対応から推察できます。δ波やθ波は深い眠りや浅い眠りの脳波であり、これらを誘導する音刺激は入眠を促進し睡眠の質を高める可能性があります。前述のLe Scouarnec研究ではδ/θ刺激による不安軽減とともに睡眠潜時短縮も示唆されており、不眠傾向の人に有益だった可能性があります。脳卒中患者では睡眠時無呼吸や不眠が予後に悪影響を及ぼすことが知られており、睡眠改善は重要な課題です。寝る前に心地よい音楽に微細なδ帯バイノウラルビートを混ぜて聴かせることで、入眠儀式として睡眠リズムを整える効果が期待できるかもしれません。もっとも、不眠症患者を対象にしたランダム化試験ではバイノウラルビートの効果は最小限であったとの報告もあり、個人差やプラセボ要因も大きい領域です。現時点では確立した手法ではありませんが、副作用がなく容易に試せるリラクゼーション法として、睡眠衛生の指導と併せてバイノウラル音楽を利用することは一つの選択肢となるでしょう。

運動機能リハビリへの応用

バイノウラルビートは情動や認知面での効果が注目されがちですが、運動機能のリハビリテーションにも補助的役割を果たし得ます。音楽療法の中核にはリズムによる運動同期があり、これはRASの成功によく表れています。ではバイノウラルビート特有の効果として、単なるメトロノーム的リズム以上の何が期待できるのでしょうか。

一つにはリズム+脳波誘導による全身的なバランス機能の向上が挙げられます。Chenら(2025)は脳卒中患者27名を対象に、リハビリ訓練中にバイノウラルビート刺激(BBS)付き音楽を聴かせた群(15名)と、従来型の音楽療法のみの群(12名)を比較しました。その結果、両群ともバランス能力の指標(Berg平衡尺度BBScやMini-BESTest)が改善しましたが、日常生活動作(Barthel Index)と抑うつ(BDIスコア)の改善幅はBBS群で有意に大きいことが分かりました。さらにBBS群内での相関解析では、バランス能力の向上量が下肢機能・気分・ADL能力の向上と有意に関連しており、バイノウラルビート刺激がリハビリ効果を全般的に底上げした可能性があります。著者らは、音楽とリズムの相乗効果でバランスが改善したのではないかと結論づけ、脳機能への影響メカニズム解明を提言しています。この研究は直接的な運動成績への効果としてはバランス改善を捉えていますが、バイノウラル刺激がもたらす覚醒度や集中力の変化がリハビリ訓練の効率を上げたとも考えられ、興味深い所見です。

他の角度からは、運動学習課題におけるバイノウラルビート効果も報告されています。Azizzadehら(2024)は若年成人と高齢者それぞれに対し、α帯域(8.67 Hz)のバイノウルアルビートを30分聴取しながら鏡映描写課題(手先の巧緻運動課題)を行う群と、ヘッドホン装着のみで無音の対照群を比較しました。その結果、高齢者ではαビート群のみ課題エラー数が有意に減少(精度向上)し、若年者ではαビート群のみ反応時間が有意に短縮(速度向上)しました。同時に行った脳波解析では、若年群ではα波パワーの顕著な増大が、高齢群ではβ~γ波パワーの増大が認められました。著者らは、αビートが若年者にはリラックスによる効率化を、高齢者には覚醒度引き上げによる代償をもたらし、それぞれ異なる経路で運動パフォーマンスを向上させたと考察しています。この知見は、脳卒中患者のリハビリでも年齢や症状に応じて最適な周波数の選択が重要であることを示唆します。例えば、注意が散漫で意欲低下が見られる患者にはβ帯域で覚醒度・動機づけを上げる、緊張が強く協調運動が硬い患者にはα帯域で過剰な力みを抑えるなど、周波数調整によってリハビリ効果を高める戦略が考えられます。

さらに心理面から運動への波及として、前述のKotelnikovaらの研究ではバイノウラルビート併用により「動作への恐怖心(転倒や再発への不安)」が軽減しました。これは患者がリハビリ動作に前向きに取り組む助けとなる重要な効果です。恐怖心や不安が強いと運動学習の妨げになりますが、音楽とバイノウラルビートでリラックスできれば自発的な練習量や挑戦意欲が増し、結果的に機能回復が促進されるでしょう。以上より、直接・間接の両面からバイノウルアルビートは運動リハビリテーションの潤滑油として機能し得ると考えられます。

瞑想・マインドフルネスなど関連療法との接点

バイノウラルビートの活用を考える上で、瞑想やマインドフルネスとの親和性にも触れておきます。瞑想状態に入ると脳波にはα波やθ波の増強が生じることが知られており、熟練した瞑想者は安静閉眼時に高振幅のα波を示す傾向があります。これはリラックスしつつ集中した意識状態を反映しています。脳卒中後の不安や注意障害の緩和策として、マインドフルネス瞑想法が導入されるケースもありますが、その効果は認知機能のわずかな改善や抑うつ・ストレスの軽減程度と報告されています。しかし副作用なく反復可能なセルフケアとして有用です。

バイノウラルビートは、この瞑想の過程を音響的にサポートするツールになり得ます。実際、市販の瞑想音源やリラクゼーション音楽にはα帯やθ帯のバイノウラル音を混ぜ込んだものが多数存在し、初心者でも脳波を整えて瞑想状態に入りやすくすることを謳っています。科学的検証は十分ではないものの、一定の周波数刺激が迷走神経系を調整し自律神経バランスを整える可能性も指摘されています。ストレスで高ぶった交感神経活動を抑え、副交感神経優位に誘導することは脳卒中後の血圧管理や精神安定にも有益でしょう。

また、「オーディオニューロモジュレーション」全般の視点では、聴覚を介した脳刺激としてバイノウラルビート以外にも経皮的迷走神経刺激音(ある周波数の音で迷走神経を刺激)やASMRのような聴覚刺激によるリラクゼーション現象などが研究され始めています。これらも広義には音で脳の特定システムを調整する試みであり、非侵襲で実生活に取り入れやすい点が共通します。例えばある臨床試験では、脳波フィードバックを用いて個人に合わせたリアルタイムのバイノウラルビートを提供し、脳状態の改善を図る研究が計画されています(NCT07165899)。瞑想的アプローチと先端技術を組み合わせたこうした試みは、今後のリハビリ領域にも新風をもたらす可能性があります。音による神経調整は、脳卒中リハビリに取り入れられる補完療法の一つとして今後もエビデンスの蓄積が望まれます。

おわりに

バイノウラルビートを用いた音楽療法は、脳卒中リハビリの分野ではまだ新しい試みですが、関連領域の知見はその有用性を示唆しています。音楽療法自体が脳卒中後の運動・認知・情動機能を幅広く支援する中で、バイノウラルビートは脳波帯域への働きかけというユニークな作用で効果を増幅しうると考えられます。既存のパイロット研究からは、お気に入りの音楽にバイノウラルビートを加えることで意識障害患者の覚醒度が上がった例、リハビリ中のバランス訓練に取り入れてADLと気分の改善が得られた例、リラクゼーション場面での使用により不安や動作恐怖が和らいだ例などが報告されています。バイノウラルビートの周波数を工夫すれば、リラックスさせたい時にはα/θ帯、注意を喚起したい時にはβ帯というように患者のニーズに合わせたセッションが可能です。

もっとも、エビデンスはまだ初期段階であり、プラセボ対照を含む大規模試験や、最適な周波数・音楽との組み合わせ、介入期間など不明な点は多く残されています。安全性については報告された副作用はほとんどなく、少なくとも補助療法として試すことのリスクは低いと考えられます。ただし過度の期待は禁物であり、標準的なリハビリ訓練を補完するリラクゼーション・モチベーション向上策として位置付けるのが適切でしょう。

総合すると、バイノウラルビート活用は認知面では注意・記憶の改善や脳の覚醒状態調整に、情動面では不安軽減や睡眠改善に、運動面ではリズム同期と集中力向上による訓練効果アップに寄与しうると考えられます。これは瞑想やマインドフルネスとも通じるアプローチであり、今後さらに脳卒中リハビリへの応用研究が進めば、音楽療法のレパートリーに新たな選択肢を提供するでしょう。その日常生活への適用のしやすさも踏まえ、患者のQOL向上と神経回復力促進を目的とした音楽的介入として、バイノウラルビート療法は大きな可能性を秘めています。

参考文献

Xu C, et al. Potential Benefits of Music Therapy on Stroke Rehabilitation. Oxid Med Cell Longev. 2022;2022:9386095. ※2023年に撤回. 音楽療法が嚥下障害・失語の軽減、認知・運動機能の改善、気分の改善、神経学的回復の促進に寄与することを総説。

Chen R, et al. Effects of Auditory Frequency Stimulation on Balance and Rehabilitation Outcomes in Patients With Stroke: A Randomized Case-Control Study. Brain Behav. 2025;15(7):e70671. バイノウラルビート刺激併用群でバランス機能・ADL・うつ指標の改善が対照より大きかったことを報告。

Liu Z, et al. Short-term efficacy of music therapy combined with α binaural beat therapy in disorders of consciousness. Front Psychol. 2022;13:947861. 意識障害患者に音楽+α帯域バイノウラル刺激を適用し、意識レベルや脳波・誘発電位の指標が改善。低周波BBによる不安抑制・睡眠促進、高周波BBによる記憶・注意向上についても言及。

Mirmohamadi SM, et al. A Review of Binaural Beats and the Brain. Basic Clin Neurosci. 2024;15(2):133-146. バイノウラルビートの認知機能(記憶・注意)や心理機能(ストレス・不安など)への効果、および脳波への作用メカニズムについての最新レビュー。

Kotelnikova AV, et al. Binaural Acoustic Beats in the Psychological Rehabilitation of Patients with Impaired Motor Functions. Bull Rehabil Med. 2021;20(1):60-69. 脳卒中等の運動障害患者にリラクゼーション目的のバイノウラル音響刺激を用い、情動面の改善と運動への恐怖心軽減を示す一方、疼痛や認知には有意な効果なしと報告。

Lane JD, et al. Binaural auditory beats affect vigilance performance and mood. Physiol Behav. 1998;63(2):249-252. β帯バイノウルアルビートが注意課題成績を向上させ主観的な気分もより良好だったこと、θ/δ帯では効果が劣ったことを示した古典的研究。

García-Argibay M, et al. Efficacy of binaural auditory beats in cognition, anxiety, and pain perception: a meta-analysis. Psychol Res. 2019;83(2):357-372. (本文中で直接言及していないが関連するメタ解析。バイノウラルビートの不安軽減効果に中程度のエビデンスを報告。)

その他、本文中で引用した各種文献の詳細は省略しましたが等に示された内容に基づいて構成しています。



関連記事:

耳から脳を動かす──バイノウラルビートが脳卒中リハビリを変える

薬なしで救われた──脳卒中後の感情障害にもっとも適した療法とは?

傷ついた脳が示した「周波数の叫び」──7〜9Hzに隠された謎

バイノウラルビートで脳を活性化!脳卒中後の生活を変える音楽療法の新事実

聴くだけの高血圧コントロール方法とは

音楽に長時間さらされると脳が復活する?

脳梗塞まわりのガンマ波の低下と神経可塑性

脳卒中を治療するひかりガンマ周波数刺激

nature.com:バイノウラルビートで脳卒中リハを加速?

バイノウラルビート 慢性疼痛緩和の二重盲検 RCT

最新の音楽療法 バイノウラルビート (Binaural Beat)




2025年7月9日

耳から脳を動かす──バイノウラルビートが脳卒中リハビリを変える

2025  7月  中国


脳卒中後のリハビリテーションにおいて、バランス機能の回復は極めて重要である。近年、バイノウラルビートという特殊な音響刺激が、脳のリズムや集中力に影響を与える可能性が注目されている。

バイノウラルビートとは、左右の耳にわずかに異なる周波数の音を同時に聞かせることで、脳内に特定の周期的なうねりを生じさせる技法である。これにより、リラックスや集中の状態を誘導することが期待されている。

そこで、バイノウラルビートが脳卒中患者のバランス機能や日常生活動作の改善に有効かどうかをくわしくしらべてみたそうな。

2020年4月28日

nature.com:バイノウラルビートで脳卒中リハを加速?


40-Hz Binaural beats enhance training to mitigate the attentional blink
2020  4月  カナダ

非侵襲的な脳刺激法には磁気のTMSや電流のtDCSがある。

このほかに、視覚や触覚 聴覚からの感覚刺激を用いた脳刺激法がある。このうちバイノウラルビート(Binaural Beat)は両耳にわずかに周波数のことなる音を聴かせたときにその周波数差に相当するビート(うなり音)が意識に生じる現象を指す。

バイノウラルビートの周波数に脳の活動が同調する(entrainment)効果が脳波や脳磁図計測から確認されている。

いっぱんに40Hzのガンマ周波数での脳活動は注意や特徴統合、記憶、学習、と関連が深いとされている。

そこで、「注意のまばたき」(attentional blink:数100ms間隔で連続提示される視覚ターゲットの2番め(T2)は、1番目のターゲット(T1)にくらべ見落とされやすい現象)がガンマ・バイノウラルビートを使った訓練により改善するものか、実験してみたそうな。

2020年6月23日

バイノウラルビート 慢性疼痛緩和の二重盲検 RCT


2020  6月  ギリシャ


バイノウラルビート(BB:Binaural Beat)は左右の耳に提示された周波数のわずかにことなる音響刺激によって生じる。

それら周波数差に相当する周期的なうなり(ビート)が知覚され、このビート周波数に脳のはたらきが同調するエントレインメント効果が確認されている。

バイノウラルビートの疼痛緩和効果についての報告がいくつかある。しかし慢性疼痛についての報告は1件のみである。

そこで、慢性疼痛患者へのシータ・バイノウラルビートの急性および長期の効果について二重盲検のランダム化比較試験をやってみたそうな。

2021年8月3日

聴くだけの高血圧コントロール方法とは

2021  6月  タイ


高血圧は脳卒中や心筋梗塞のリスク因子と考えられ、世界的に増加傾向にある。

降圧薬への抵抗性や副作用が問題になる場合には、非薬理的治療が用いられることがある。

なかでも音楽療法は簡単に実行できることで期待されていて、これまでさまざまな音楽の種類、楽器、メロディ、リズム、ピッチ、などが検討されてきた。

とくに脳神経の中に創り出される音のイリュージョンであるバイノウラルビート(Binaural Beat)刺激の血圧への影響についてはほとんど報告がないので、実験してみたそうな。

2015年11月15日

最新の音楽療法 バイノウラルビート (Binaural Beat)


Music therapy in neurological rehabilitation settings.
2015  10月  ポーランド

神経学的リハビリシーンでの音楽療法についての総説。


・神経学的音楽療法(NMT:neurologic music therapy)は 神経疾患患者を対象としたあたらしい考え方である。

・音楽がもたらす固有の刺激で脳を活性化する。

・実際のリハビリへの応用では 楽器や音楽の特性を利用する。

・そのなかでもリズムはもっとも重要で、「エントレインメント効果」により 与えたリズムに生体リズムがシンクロするようになる。

・一定のリズムパターンには記憶能力を活性化するはたらきもある。

・また 音楽は情動システムに作用して知覚、認知、感情に影響をもたらす。

・たとえば「モーツァルト K.448」のてんかん抑制効果は 多くの研究で確認されている。

・近年あらたな感覚刺激技術として「バイノウラルビート(Binaural Beat Stimulation)」などが登場している。

・これら多様な音楽刺激方法が脳卒中、脳損傷、認知症などの治療に用いられ、音楽療法のエビデンスが増えつつある、

というおはなし。

図:バイノウラルビートと覚醒
バイノウラルビート周波数で注意力をコントロール
Turow G, Lane J D. Binaural beat stimulation: altering vigilance and mood states. In: Berger J, Turow G. ed. Music, science, and the rhythmic brain. New York, London: Routledge; 2011. p. 122–136.



感想:

やっと時代が追いついてきたか、、


追記:

nature.com:バイノウラルビートで脳卒中リハを加速?

2025年5月2日

傷ついた脳が示した「周波数の叫び」──7〜9Hzに隠された謎

2025  3月  アメリカ


脳がけがや病気でダメージを受けると、神経細胞どうしのやりとりがうまくいかなくなることが知られている。でも、そうした乱れが「どの周波数」で起こっているのか、そしてそれが治療に使えるのかは、まだよくわかっていなかった。

そこで、脳が出す微弱な電磁波(EMF)を調べることで、異常な振る舞いの周波数を見つけ出し、将来の脳リハビリに活かすヒントをくわしくしらべてみたそうな。

2025年6月26日

薬なしで救われた──脳卒中後の感情障害にもっとも適した療法とは?

2025  6月  中国


脳卒中のあとに気分の落ち込みや不安、怒りっぽさなどの感情の不調(PSED)がよく見られ、患者の約3人に1人が経験すると言われている。こうした状態はリハビリの妨げになり、生活の質や社会復帰にも悪影響を与え、場合によっては命に関わることもある。

薬による治療もあるが、副作用や高齢者への影響を考えると、薬を使わない方法(非薬物療法、NPI)が注目されている。ただし、これらの方法について書かれたガイドラインは内容や質にバラつきがあり、現場でどう活かせばいいのか迷うことも多い。

そこで、非薬物療法に関するガイドラインの質や内容を、わかりやすくするようくわしくしらべてみたそうな。

2025年7月21日

音楽療法と脳卒中リハビリ – 聴く音楽がもたらす驚きの回復効果

脳卒中からのリハビリテーションに「音楽療法」が注目されています。音楽療法(特に音楽を聴くリスニング療法)は、クラシック音楽や自然音、患者さんの好きな曲、さらにはバイノウラルビートなど幅広い音を活用し、脳と心身にポジティブな刺激を与えるアプローチです。実は近年の医学論文で、音楽を取り入れることで運動機能や認知機能の回復、感情面の安定、睡眠の質向上、疼痛(痛み)緩和など様々な効果が報告されています。ここではエビデンスに基づき、音楽療法が脳卒中患者にもたらす驚きの効果を前向きな論調で解説します。


聴く音楽療法



運動機能の改善 – リズミカルな音楽がまひした手足の動きを引き出し、歩行やバランスの向上に役立つ可能性があります。

認知機能の向上 – お気に入りの音楽を聴くことで記憶力や注意力が回復し、さらには言葉のリハビリにもつながることが示されています。

感情・心理面への効果 – 音楽は気分を高揚させ、うつ症状や不安を軽減します。リハビリの意欲向上やストレス緩和にも有効です。

睡眠の質改善 – 穏やかな音楽や自然音は寝つきを良くし、深い睡眠を促進します。睡眠障害に悩む脳卒中患者さんの安眠ケアとして期待されています。

疼痛緩和 – 心地よい音楽に集中することで痛みの知覚が和らぐ可能性が報告されています。痛みや緊張を音で紛らわせる効果です。

それでは、各効果について医学研究の結果を詳しく見ていきましょう。

脳卒中リハビリに音楽療法が注目される理由

脳卒中後の後遺症には麻痺や言語障害、認知障害、感情面の不調など多岐にわたります。リハビリ初期の急性期から回復期・慢性期まで、音楽療法は各段階で患者を支える「隠れた名脇役」になり得ます。医学的な視点で見ると、音楽を聴くことは脳にとって豊かな刺激です。音楽を聴くと人間の脳では、注意・記憶・運動・情動処理に関わる広範なネットワークが左右両半球で活性化されます。また音楽刺激はドーパミン系を介して快感や意欲を高め、感情や認知機能を向上させることも知られています。こうした科学的知見が背景にあり、「音楽の力で脳を再活性化しよう」という発想が脳卒中リハビリに取り入れられてきたのです。

さらに音楽療法は安全で安価かつ取り組みやすいという利点もあります。フィンランドのヘルシンキ大学の研究者サルカモら(2008年)は「脳卒中直後の早期リハビリ期間に音楽を日常的に聴くことは、他の積極的リハビリが難しい時期でも手軽に導入でき、患者の認知面・感情面の回復を促す有用な方法」だと述べています。実際、入院中の患者さんはリハビリの合間、多くの時間をベッド上で過ごしがちですが、その“空白の時間”に音楽を聴くことで脳に刺激を与え、回復を後押しできるわけです。このように、音楽療法は従来のリハビリを置き換えるものではなく「価値あるプラスアルファ」として注目されています。

音楽療法の種類:クラシックから自然音・バイノウラルビートまで

一口に音楽療法と言っても、そのアプローチはさまざまです。ここでは脳卒中患者に用いられている主な「聴く音楽療法」の種類と特徴を紹介します。

クラシック音楽 – モーツァルトやバッハなどクラシックは研究で用いられる代表格です。クラシック音楽は構造が安定しておりリラックス効果も高いため、注意力や空間認知を改善する目的で使われます。実際、クラシック音楽を流すと空間の片側を見落とす半側空間無視の患者で視覚注意が向上したとの報告があります。静かなクラシックは心拍を落ち着け、不安軽減にもつながります。

自然音・環境音 – 小川のせせらぎ、波の音、鳥のさえずりなどの自然音は、まるで森林浴をしているようなリラックス効果を生みます。病院や自宅で環境音楽を流すことで、ストレスホルモンを抑えリラックス状態を促進する取り組みもあります。直接の医学論文は多くありませんが、不眠や不安の軽減目的で自然音を用いる療法も実践されています。心が安らぐ環境音は、脳卒中後の睡眠環境の改善や情緒安定に貢献すると期待されています。

好きな音楽(患者の選曲) – 患者さん本人が「これが聴きたい!」と思う曲こそ最高の音楽療法です。ジャンルはポップスでも演歌でもジャズでも構いません。実際の研究でも、患者が自分で選んだお気に入りの音楽を毎日聴いてもらう方法が取られています。ヘルシンキ大学の研究ではポップ、クラシック、ジャズ、フォークなど本人の好みに合わせた曲を自由に聴いてもらいました。好きな曲は脳の報酬系を強く刺激し、やる気や快感情を引き出すため、リハビリ効果を高めるエンジンになってくれます。

バイノウラルビート – 左右の耳にわずかに異なる周波数の音を聴かせると、脳内でその差周波数に同調した音が知覚されます。これをバイノウラルビートといい、近年脳波や認知機能への影響が研究され始めました。あるパイロット研究(2025年)では、バイノウラルビートを聴いた脳卒中患者で前頭前野の脳活動が一時的に高まり、神経系の反応性が改善する可能性が示唆されています。まだ予備的な段階ですが、脳を直接「周波数でマッサージする」ようなユニークな試みとして注目されています。

このように、音楽療法と一口に言っても癒やしのクラシックから自然音、モチベーションを上げる大好きな曲、新しい音響技術まで多彩です。患者さん一人ひとりに合った音を選ぶことで、その効果を最大限に引き出すことができます。

運動機能の改善:リズムと音が身体を動かす

脳卒中後の麻痺した手足の機能回復に、音楽が力を発揮します。特にリズムは運動機能リハビリの強い味方です。例えば、音楽に合わせて歩行訓練を行うリズミック・オーディトリ・ステimulation(RAS, リズム聴覚刺激)は、歩幅や歩行速度、バランス能力の改善に有効であるとするメタ分析結果があります。あるレビュー研究では、RASによって歩行機能やバランス機能が有意に向上したと結論づけています。

また、音楽に合わせた運動療法(Music-Supported Therapy)も注目されています。これは楽器演奏やリズムに乗せた動作練習など音楽を積極的に用いるリハビリで、上肢機能の改善に効果があると報告されています。実際、10件の臨床試験(計358名)を統合した系統的レビューでは、音楽を取り入れたリハビリ群は通常リハビリ群に比べ、指先の巧緻動作テスト(ボックス&ブロックテスト)の成績が有意に向上し(効果量SMD=0.64)、上肢全体の運動機能でも有意な改善傾向が見られました。さらに、2件の試験では歩行の歩幅が伸び、歩行速度も向上するなど、下肢を含めた全体的な運動機能にも音楽療法が良い影響を及ぼしています。

音楽が運動機能に効く理由の一つは、「楽しいからたくさん動いてしまう」点にあります。曲に合わせて身体を動かすことで苦しいリハビリ訓練も遊びのように継続できます。また、楽器を使う場合、自分の動きがそのまま音になって返ってくる即時フィードバックが得られます。たとえば、麻痺した腕でもタンバリンを叩けば音が鳴り、小さく動かせただけでも達成感があります。国立長寿医療研究センターの佐藤正之氏も「楽器を用いた訓練では、運動の結果が音としてリアルタイムに返る利点が大きい」と述べています。この達成感や喜びが脳内報酬系を刺激し、さらなるリハビリ意欲や神経回路の活性化につながると考えられます。

ポイントは患者さんが楽しめるリズムや曲を選ぶことです。アップテンポの行進曲に合わせて足踏みしたり、ゆったりしたワルツに乗って腕を動かしたりと、音楽はトレーナーでありパートナーです。音の波に乗ることで、「麻痺した足が自然と前に出た!」という喜びを引き出し、身体の再学習を促すーーそれが音楽療法の持つ力なのです。

認知機能の向上:音楽刺激で脳を活性化

音楽は脳の認知機能(記憶や注意、言語など)にも良い影響を与えます。特に脳卒中の急性期から回復期において、意識がはっきりしている患者さんには積極的に音楽を聴いてもらうことで認知面の回復を早めるエビデンスがあります。フィンランドのヘルシンキ大学病院で行われた有名な研究(サルカモら、Brain誌2008年)では、脳卒中後すぐの患者60名を対象に毎日音楽を「聴く」グループ、オーディオブックを聴くグループ、何も聴かないグループに分け経過を追いました。その結果、3か月後に音楽を聴いたグループは、何もしなかったグループに比べて言語記憶(言葉の記憶)が大幅に改善し、その改善率は発症直後から約60%もアップしました(対照群は29%の改善)。また注意力(選択的注意)も音楽群のみ有意に向上し、オーディオブック群や対照群では改善が見られなかったのです。驚くべきことに、この差は6か月後の追跡調査でも維持されていました。研究チームは「これほど顕著な認知機能の差は日常的に音楽を聴いた効果によるもの**だ」と結論づけています。

音楽はまた、脳の「注意を向ける」力を引き出すことも示されています。右脳梗塞で左側への注意が弱くなる「半側空間無視」の患者16名を対象にした実験では、クラシック音楽を流しながら課題を行うと、何も音がない時より課題成績が向上しました。逆に不快なノイズを流すと成績が悪化し、静寂時が最も悪い結果に。多くの患者さんで音楽により覚醒度や注意喚起レベルが上がったと自己報告されており、心地よい音が脳の注意ネットワークを活性化する可能性が示唆されています。これは音楽が持つ覚醒効果・気分調整効果のおかげで、脳が刺激され集中しやすくなるためと考えられます。

さらに、音楽は言語能力の回復にも役立ちます。脳卒中後に言葉が出にくくなる失語症に対して、メロディック・イントネーション・セラピー(MIT、メロディーに乗せて発語を促す療法)が有名です。患者に簡単なフレーズをメロディに合わせて歌わせるこの方法で、残存する右脳のネットワークを活用して言語中枢を再訓練できるとされています。実際、ブローカ失語の患者で歌唱訓練により日常会話フレーズの発話が改善したとの報告もあり、音楽が「言葉を取り戻す橋渡し」となるケースもあるのです。

このように、音楽を聴くことは記憶や注意、言語といった高次脳機能へのセラピーにもなり得ます。脳卒中によるダメージからの回復には脳の可塑性(神経のつなぎ替え)が重要ですが、音楽は脳の多領域を同時に刺激してネットワーク再編を促すため、認知機能のリハビリ効果を高める理にかなったツールなのです。

感情・心理面への効果:音楽が心に与える癒しと活力

音楽の持つ心への癒し効果は、誰もが一度は実感したことがあるでしょう。脳卒中後は身体機能の障害だけでなく、うつ病や不安、意欲低下など心理面の課題も生じやすくなります。そんな時、音楽療法が心の処方箋として寄与するエビデンスが続々と報告されています。

まず、前述のフィンランドの研究(2008年)では、毎日音楽を聴いていたグループは対照群に比べて抑うつ気分や混乱が少なく、ポジティブな気分を保てたことが示されました。音楽を聴かなかった患者では落ち込みがちだったのに対し、好きな曲を聴いていた患者は「音楽に励まされ前向きな気分になれた」と自己報告しています。音楽には気持ちを明るく切り替える力があるのです。

さらに注目すべきは、音楽療法が臨床的なうつ症状を有意に軽減するという大規模な分析結果です。中国の研究チームが行った最新のメタ分析(2025年、対象2776人のRCT37件統合)によると、音楽療法介入を受けた脳卒中後うつ(PSD)患者は通常ケアのみの患者に比べ、うつ病評価スコア(HAM-D)がおよそ5ポイント改善し、不安評価スコアも大きく低下しました。加えて日常生活動作(ADL)の自立度が向上し、神経学的後遺症の程度も有意に改善しています。興味深いことに、生化学的指標では脳内のセロトニン(5-HT)濃度が有意に上昇しており、音楽療法が脳の幸せホルモンを増やすことで気分改善につながっている可能性があります。研究者らは「音楽療法は脳卒中後うつ病の抑うつ症状、ADL、神経機能、そしてセロトニンレベルを有意に改善する臨床的有効性が示された」と結論づけています。

また、他の研究でも、楽器演奏を取り入れた音楽療法で患者の抑うつスコアが低下し、自己評価の生活の質が向上したとの報告があります。音楽そのものに即効性のリラックス効果・高揚効果がある上、音楽療法セッションに参加することで「自分も積極的に何かできた」という達成感や社会交流が得られる点も、心理的安定につながります。

このように音楽は、うつや不安を和らげ、前向きな気持ちを呼び起こす強力なツールです。不安なときに好きな曲を聴くとホッとしたり、落ち込んだ日に明るい音楽で元気が出たりする――その延長線上に、医学的にも証明された音楽療法の効果があります。「心に効くリハビリ」として音楽を活用することで、患者さんのメンタルヘルスと意欲向上をしっかり支えていけるのです。

睡眠の質改善:穏やかな音で安眠サポート

脳卒中後、入院中や在宅療養中に不眠や睡眠障害に悩まされる方も少なくありません。夜間の痛みや不安、環境の変化、脳の損傷による睡眠リズムの乱れなど、原因は様々ですが、質の良い睡眠は脳の回復にとって不可欠です。そこで役立つのが音楽による安眠サポートです。

音楽のリラックス効果を睡眠に応用した研究は多数あり、総合すると音楽療法は主観的な睡眠の質を有意に改善することがわかっています。2025年のレビュー研究では、異なる手法の27研究を分析し、寝る前の音楽療法が入眠を早め、眠りの深さなど主観的睡眠の質を向上させたことが確認されました。特に音楽が不眠に効く理由は、音楽を聴くことで不安が和らぎ気分が落ち着くためです。ゆったりした曲調の音楽は副交感神経を優位にし、心拍や呼吸を穏やかに整えるため、心身が睡眠モードに入りやすくなります。

脳卒中患者さんの場合も、例えば就寝前に穏やかなクラシック音楽や自然音を静かに流すことで、病院の消灯後の不安感を軽減したり、在宅での夜間トイレ後の入眠をスムーズにしたりといった効果が期待できます。実際、脳卒中リハビリ病棟で環境音楽を取り入れた取り組みでは「音楽を流すようにしたら夜間せん妄が減り、みなよく眠れるようになった」との声もあります(※看護ケアの報告事例)。

もっとも、音楽による睡眠効果は個人差も大きく、「この曲を聴けば誰でも熟睡」といった万能薬ではありません。音楽選びは人それぞれ好みがありますので、本人が心地よいと感じる音を選ぶのが大原則です。ある人には波音が安らぎを与える一方、別の人にはピアノ曲が安心感をもたらすかもしれません。大切なのは「聴いていて不快でないこと」。リラックスできる音に身を委ねることで、緊張がほぐれスムーズな眠りにつながるでしょう。

睡眠は脳の回復時間。その質を高める手段として、副作用のない音楽という安眠薬をぜひ活用したいですね。

疼痛緩和:音による痛みの軽減効果に期待

音楽には痛みを和らげる不思議な力もあります。脳卒中そのものによる中枢痛や、麻痺に伴う肩の痛み・関節痛、長期臥床による腰痛など、患者さんが抱える痛みは様々です。痛みがあるとリハビリ意欲も下がりがちですが、そこでも音楽療法が助けになる可能性があります。

研究によれば、音楽を聴くことで痛みの知覚や痛みに対する耐性が変化します。たとえば手術後の疼痛や慢性痛の患者で、好きな音楽を聴かせると痛みスコアが低下したという報告が多数あります。脳卒中リハビリ領域でのエビデンスは限定的ですが、カナダのストロークエンジン(脳卒中リハ情報データベース)は「音楽療法は脳卒中後の痛みの知覚を改善する可能性が示唆されている」と述べています。

音楽による疼痛緩和のメカニズムは完全には解明されていませんが、有力な説として注意のそらし効果があります。好きな音楽に聴き入っている間は痛みから意識がそれるため、痛みを感じにくくなるのです。特に歌詞のある歌や思わず口ずさみたくなる曲は、痛みへの注意を逸らすのに有効でしょう。また音楽によってリラックスし筋緊張がほぐれることで、筋肉や関節の痛みそのものが軽減するケースもあります。

脳卒中患者さんではありませんが、ある研究で心臓手術後の患者に小川のせせらぎ音を聞かせたところ、痛み止めの使用量が減ったとの報告もあります。自然音やヒーリング音楽による穏やかな環境は、痛みに伴うストレス反応(血圧上昇や心拍数増加)を抑え、痛みの悪循環を断つ助けとなるのでしょう。

以上のように、音楽療法は「痛みと上手に付き合う」一手段としても有望です。痛みが強いときこそお気に入りの曲で気を紛らわせ、リラックスする習慣を取り入れてみると良いかもしれません。薬と違って副作用は一切なく、むしろ心まで軽くしてくれる点が音楽療法の魅力です。

音楽療法を取り入れる上でのポイントとまとめ

音楽療法は脳卒中からの回復を多方面でサポートする、有望なリハビリ手法です。急性期の意識がある段階から慢性期の在宅生活まで、音楽は常に寄り添い、脳と心と体に働きかけてくれます。病院でのリハビリ期間は通常6ヶ月程度で終了しますが、その後の慢性期の在宅における機能維持・向上に音楽療法が果たす役割は大きいと専門家も指摘しています。

最後に、音楽療法を上手に活用するためのポイントと本記事のまとめを述べます。

好きな音楽を毎日の習慣に: 科学的エビデンスからも、本人が好きな曲を繰り返し聴くことが最も効果的です。通院途中やリハビリ前後のリラックスタイムに、お気に入りの音楽をイヤホンで聴く習慣をつけてみましょう。気分が上がり、脳も活性化してリハビリ効率が高まります。

目的に合わせて音楽を選ぶ: 就寝前はゆったりした曲や自然音、運動リハビリ時はテンポの良い曲、といったように目的にフィットする音を選びましょう。たとえば歩行訓練ではリズミカルな曲で足運びがスムーズになり、注意訓練ではハッピーな音楽で集中力が増すとの報告もあります。音楽の「処方箋」を使い分ける感覚です。

専門家の助言を活用: 音楽療法士がいる場合はぜひ相談を。専門家は患者さんの状態に合った音楽やアクティビティ(歌唱や楽器演奏なども含む)を提案してくれます。グループ音楽療法なら仲間と一緒に歌ったり演奏したりする楽しさで孤独感も薄れ、社会的交流がリハビリ意欲につながります。音楽療法士不在でも、リハスタッフに音楽の活用を相談すれば何らかの形で取り入れてもらえるでしょう。

無理のない範囲で楽しく: 音楽療法のモットーは「Enjoy!(楽しもう!)」です。決して「毎日◯時間聴かなきゃ」と義務に感じる必要はありません。調子が悪い日は小鳥のさえずりを5分聞くだけでもOK。心地よく感じる範囲で、長く続けることが大切です。

最後に強調したいのは、音楽の力は想像以上だということです。記憶を呼び覚まし、足を前に踏み出させ、心に灯をともす音楽は、まさに脳卒中リハビリの名脇役と言えるでしょう。医学論文の裏付けも年々増え、音楽療法はエビデンスに基づく補完療法として確立されつつあります。ぜひ日々のリハビリに音楽を取り入れてみてください。好きな音楽とともにリハビリに取り組めば、きっと脳も体もいつもより元気に応えてくれるはずです。

参考文献

Särkämö T. et al., Brain, 2008 – Music listening activates broad bilateral brain networks (attention, memory, motor, emotion) and enhances cognitive & emotional functions.

Särkämö T. et al., Brain, 2008 – Early post-stroke daily music listening improved verbal memory and focused attention more than audiobooks or no input, and prevented depressed mood.

Zhao J. et al., Scientific Reports, 2016 – Meta-analysis: Music-supported therapy significantly improved fine motor skills (Box and Block test) and showed positive trends in overall motor function in stroke patients.

Wang L. et al., Frontiers in Neuroscience, 2022 – Systematic review: Rhythmic auditory stimulation improved gait parameters, walking function, and balance in individuals with stroke.

Särkämö T. et al., Brain, 2008 – Music listeners had approximately 60% improvement in verbal memory versus 18–29% in others at 3 months, and reported less depression and confusion.

Tsai P-L. et al., American Journal of Occupational Therapy, 2013 – Listening to classical music improved visual attention in stroke patients with unilateral neglect compared to silence or noise.

Li Y. et al., Medicine (Baltimore), 2025 – Meta-analysis of 37 randomized controlled trials: Music therapy in post-stroke depression significantly reduced depression, anxiety, improved activities of daily living, reduced neurological deficits, and increased serotonin levels.

Gou D. et al., Frontiers in Psychology, 2025 – Meta-narrative review: Music therapy significantly improves subjective sleep quality by reducing anxiety and regulating mood, though effects on objective sleep measures are inconclusive.

Zhong Y-T. et al., Medicine, 2025 – Pilot EEG study: In stroke patients, binaural beats stimulation enhanced prefrontal cortex activity and may improve nervous system responsiveness.

佐藤正之, 音楽医療研究, 2024 – 楽器を用いた音楽訓練は運動結果が音として即時にフィードバックされ、慢性期在宅リハビリに有用である。

StrokEngine, Music Therapy, 2017 – Review suggests limited evidence that music therapy can improve arm movement, walking, pain perception, mood, and behavior after stroke.

StrokEngine, Music Therapy – Melodic Intonation Therapy (singing phrases with rhythm) has been shown to improve language and aphasia outcomes in stroke patients.



関連記事:

耳から脳を動かす──バイノウラルビートが脳卒中リハビリを変える

薬なしで救われた──脳卒中後の感情障害にもっとも適した療法とは?

傷ついた脳が示した「周波数の叫び」──7〜9Hzに隠された謎

バイノウラルビートで脳を活性化!脳卒中後の生活を変える音楽療法の新事実

聴くだけの高血圧コントロール方法とは

音楽に長時間さらされると脳が復活する?

脳梗塞まわりのガンマ波の低下と神経可塑性

脳卒中を治療するひかりガンマ周波数刺激

nature.com:バイノウラルビートで脳卒中リハを加速?

バイノウラルビート 慢性疼痛緩和の二重盲検 RCT

最新の音楽療法 バイノウラルビート (Binaural Beat)




2023年11月22日

40Hzガンマ刺激が脳卒中患者の神経を救う

2023  11月  中国


脳活動の振動パターンは、ニューロン集団の協調的相互作用を反映する。

とくにガンマ振動はシナプス可塑性に関与すると考えられていて、脳梗塞ではガンマ振動が障害されることが報告されている。

最近、光遺伝学的刺激による40Hzのガンマ刺激が海馬の神経活動を回復させニューロンを保護することが報告された。

そこで、この外部ガンマ刺激が急性期脳卒中の皮質活動にどのように影響するかを実験してみたそうな。

2025年1月26日

バイノウラルビートで脳を活性化!脳卒中後の生活を変える音楽療法の新事実

2025  1月  中国


抑うつや認知機能障害は、脳卒中後の生活の質を低下させる主な要因である。

これらに対して、音楽支援療法「MST」が注目を集めている。MSTは音楽を用いた非薬理学的療法で、安全性や実施しやすさの高さが特徴である。

そこで、MSTの中でも受動的MSTに関する研究結果を主にレビューしてみたそうな。

2021年3月21日

脳梗塞まわりのガンマ波の低下と神経可塑性

2021  3月  フランス


脳梗塞発症の数日から数週間後にかけて、壊死組織の周辺部では失われた機能を回復するために集中的にシナプスの再編成がおこなわれる。

これら神経可塑性における局所電場電位(LFP)の脳内振動の重要性についての報告は増えていて、シータ波およびガンマ波成分の減少が神経細胞間の長期増強(LTP)の低下と関連することがわかってきた。

脳卒中後の脳の振動活動は、これまで脳波を用いて調べられているが、その空間解像度は低く梗塞周辺部を正確にマッピングすることがむつかしい。

そこで動物実験で、梗塞から数mmの位置での脳活動の周波数分布を脳卒中からの時間別にくわしくしらべてみたそうな。

2023年12月4日

KCO96(けいこきゅうじゅうろく)


今日はじぶんの脳卒中記念日。

毎年この日は自分語りにだけ使う。


1年前の12/4に予告していた、ドラえもん研究からヒントを得た脳刺激のための新しいバイノウラルビート作品を紹介する。

・自分にしか理解できないだろうと思い、そとにだす気持ちがいったん消え失せてしまっていた。

・しかしこの夏、ドラえもんの同僚とおぼしき人物が数人、実生活でプレッシャーをかけてきたので思い直した。これ↓


・時空警察にバンされるかもなので、はやめにお申し込みください。

2010年11月4日

デルタレゾナンスを1年以上愛用しています。




デルタレゾナンスは、
バイノウラルビート(binaural beat)反応という
人の持つ自然な聴覚機能を利用して

暇な時間にも効率よく脳に刺激を与え続ける
ことができる音響ファイルです。


こちらのサイトで入手できます。


ダメージを負った脳は、刺激の多い環境に置かれると
その可塑性が促されることが多くの研究からわかっています。



当時、他に試すことができるものがなかったため
ダメもとの気持ちで利用し始めました。





もしこれに出会えていなかったら…

と思うとかなり怖い気がします。




頭がとても冴えるので、

毎日ブログの更新をする際には、必ずこれを聴いています。


デルタレゾナンス使用者の感想

2021年7月17日

音楽に長時間さらされると脳が復活する?

2021  7月  中国


音楽が心拍数や血圧に影響することがわかっている。また、音楽療法により聴覚野、運動野、海馬を活性化できるとする報告もある。

さらに音楽療法は脳卒中後の言語障害、運動障害、認知 気分障害に良い影響を与えると考えられている。

しかし、その最適な用量とメカニズムについてはよくわかっていないので、動物実験でくわしくしらべてみたそうな。

2021年2月8日

脳卒中を治療するひかりガンマ周波数刺激

2021  2月  カナダ


正常な脳細胞は互いに20-50ヘルツの振動周波数で同期しており、これはガンマオシレーションと呼ばれている。

脳卒中のあとにはガンマオシレーションのバランスが崩れると考えられている。

これを調整するために外部からガンマ周波数の刺激を与える方法が考えられる。たとえば経頭蓋の磁気刺激や電気刺激があるが、刺激範囲が大雑把すぎる問題がある。

そこで、光に反応する遺伝子を発現させた細胞の特定領域にガンマ周波数の光刺激を与える光遺伝的(optogenetic)刺激療法を脳卒中の動物で実験してみたそうな。

ご意見 ご感想はこちら

名前

メール *

メッセージ *