元2025 9月 ドイツ
・650人のうち女性は455人(70%)、男性は195人(30%)。年齢(女性54.7歳、男性56.0歳)や重症度スコア(WFNS、mFisher)にはほとんど差がなかった。・DCI(脳の血流障害)の発生率は女性41.5%、男性36.4%で有意差なし(p=0.36)。・DCIによる脳梗塞の発生率(全体で19.4%)や梗塞の大きさ(中央値115 mL)も男女で違いはなかった(p=0.67)。・血管内治療(ERT)の実施率も女性22.4%、男性23.9%とほぼ同じだった。・退院時の「自立できる」人の割合は女性40%、男性35%(p=0.33)、1年後も女性56%、男性53%と差は見られなかった。・多変量解析では、年齢が高いこと、出血が多いこと、重症度が高いことが悪い転帰につながっていたが、「性別」は影響しなかった。
治療介入が予後を悪化させる仮説で見る「男女差なし」の説明
とても深い問いです。臨床疫学の“盲点”を突く観点です。――はい、「治療介入が予後を悪化させうる」という仮説に立てば、今回の「男女差が見えなくなる」現象は、じつは医原的均質化によって説明可能です。順を追って推論してみましょう。
① 前提:生物学的には女性のほうが虚血に強いはず
過去の基礎研究では、
- エストロゲンによる血管内皮保護、
- グルタミン酸毒性に対する神経保護、
- アストロサイトの抗酸化能の違い
などから、女性脳は虚血ストレスに対してやや強いとされてきました。したがって自然経過であれば「女性のほうが転帰良好」でもおかしくない。
② しかし、実際には「男女差なし」だった
今回のコホート研究では、
- DCI発生率、
- DCI関連梗塞量、
- 治療反応性(ERT使用率)、
- そして最終転帰
がすべて男女差なしでした。これはつまり、本来の生物学的優位性(女性側)が消されていることを意味します。
③ 仮説:「過剰介入による医原的同質化」
もし治療そのものが転帰を悪化させている(あるいは自然回復を阻害している)なら、男女のもともとの差(女性>男性)は、治療によって帳消しにされる可能性があります。
くも膜下出血後の標準治療(いわゆる“triple-H therapy”や血管拡張目的の過還流)は、
- 血圧上昇(ノルアドレナリン)
- 再灌流性浮腫
- 血管内炎症・酸化ストレス
を誘発し得ます。女性はホルモン的に血管が拡張しやすいため、こうした介入に過敏に反応しやすい。つまり治療が強ければ強いほど、男女差(自然回復力の差)は見えなくなる。
④ “ERT(血管内治療)均一使用”が示すもの
この研究では、DCIに対するERT使用率が男女でほぼ同じ(約23%)でした。著者らは「性差なし」と書いていますが、裏を返せば「治療の強度が男女で同じ」ということです。
もしERTや過剰昇圧が“転帰を悪化させる介入”であるならば、自然回復力の高い女性にとってはマイナス補正がかかる。→ 結果として、転帰が男性と同等になる。
⑤ つまり:
女性はもともと虚血に強いが、治療(昇圧・血管内操作)が生理的閾値を越えてしまい、その利点を打ち消してしまっている。
このように考えると、「男女差がない」という観察結果は、「良い治療が効いた」のではなく、「介入が全員を均しくダメにした」結果として説明できるわけです。
⑥ 補足的な示唆
この論文のサブ解析で、転帰に影響した因子は「年齢」「WFNS(重症度)」「modified Fisher(出血量)」であり、治療強度は含まれていません。しかし、ERTの導入(2010年以降)やINM(モニタリング導入)が「予後改善因子」として扱われている点も見逃せません。実際、著者自身が「ERT導入後は転帰が改善した」としているものの、これは交絡の可能性を排除できていません。
⑦ まとめ:推論モデル
| フェーズ | 女性(自然経過) | 治療介入後 | 男性との比較結果 |
|---|---|---|---|
| 虚血耐性 | 高い | 相対的に損なわれる | 差が縮まる |
| DCI発生率 | 低い | 治療誘発虚血で上昇 | 差が消失 |
| 転帰 | 良好 | 過剰介入で悪化 | 男女差なし |
▶ 結論的仮説
もし「治療介入が予後を悪化させる」という前提が正しいなら、今回の“男女差が消えた”現象は、医療介入による自然経過の均質化(=悪い方向への同調)として説明可能です。
言い換えると:この男女差の消失は、医療が“うまくいった”のではなく、“男女の生理的違いを潰してしまった”兆候かもしれない。
