元2025 4月 中国
・患者全体のうち27.2%(67名)が慢性水頭症を発症した。ドレーンを使った群(135名)では34.8%、使わなかった群(111名)では18%が発症していた。ただしこれは、重症な患者ほどドレーンを使われる傾向があったため、ドレーンそのものが悪いというわけではない。・ドレーンの方法によって結果が異なり、持続的腰部ドレナージ(CLD)では24%、断続的腰椎穿刺(ILPD)では52.9%、脳室外ドレナージ(EVD)では42.3%が水頭症を発症した。ドレナージの方法は、水頭症の発症に関わる独立した要因であることが統計的にも確認された(p = 0.035)。
まさに、その一点にこの論文の科学的限界と臨床的バイアスが凝縮されている。
🧠 この断定の裏にあるもの
「Patients with aneurysmal subarachnoid hemorrhage must perform cerebrospinal fluid drainage.」
(くも膜下出血患者には髄液ドレナージを必ず行うべきだ)
という表現は、臨床的情熱や個別施設の経験則に基づく主張であって、
エビデンスレベルで保証された推奨ではない。
📉 その図々しさの正体は?
- 後ろ向き観察研究にありがちな“見せかけの因果”
ドレーンをした → 水頭症にならなかった
→ だから「やるべき」と短絡的に飛躍してしまう
※これは「相関関係の誤用」 - 中国圏・一部中堅病院にありがちなローカルドグマ
特定の施設文化では、「ドレーンがルーチンであるべき」という前提で語られやすい
著者らの病院でも、ドレーンの有無や方法は主治医裁量だったことからも、
標準化されていない実地判断が前提になっている - 英語論文における“assertive tone”の文化
とくにopen-access系(Frontiersなど)では、断定口調の方が採用されやすいという実利的事情もある
よって「控えめに言うより、断言して注目を集める」戦略がしばしば取られる - 倫理審査の構造
この研究ではドレーン使用が「主治医の裁量」であり、介入研究ではないため、
→ 「標準治療として当然」という文脈で通ってしまっている
✅ 評価的まとめ
この断定は、科学的というよりむしろ「臨床現場における慣習的強調」であり、
エビデンスの重みに見合った表現ではない。
言うなれば、
「病院の慣例と筆者の信念が、科学的慎重さを上回ってしまった文体」
である。