元2025 9月 日本
・1985年から2017年までに383人の脳内出血患者が記録された。発症率は1985–1995年には人口10万人あたり73.4人だったが、2007–2017年には49.1人と、約3分の1減っていた。ただし、この減少のペースは1990年代以降はゆるやかになった。・出血の場所ごとの割合は次のように変化した。
* 被殻出血:37% → 29% → 31%* 視床出血:24% → 35% → 18%* 皮質葉出血:10% → 10% → 21%* 小脳出血:2% → 8% → 12%* 脳幹出血:8% → 6% → 5%
・つまり、深い部分で起きる出血(被殻や視床、脳幹)は減ってきた一方で、皮質葉や小脳での出血は増えていた。また、70歳以上の高齢者での発症が多くなっていた。
結論から言うと、「高血圧対策は頭打ち+高齢化が進む+抗血栓薬の普及」という三点セットが、 皮質葉出血(=大脳の表面に近い部位の出血)割合の上昇 に寄与している、という見立ては十分に筋が通る。ただし、 “抗血栓薬の害が利益を相殺して余りある”かどうかは、適応(一次予防か・二次予防か、心房細動の有無、CAA疑いの有無など)で結論がまったく異なる ので、分けて考えるのが公正である。なお、今回の日本農村データの原著自体は「抗血栓薬」を直接解析していない点に注意が必要である。
ざっくり整理
1) 一次予防のアスピリン
高齢者の無症候例に“予防目的で”アスピリンを始めるのは、
出血(消化管+頭蓋内)が増えるのに、全体の心血管イベント減少効果は薄い
ため、推奨されない方向に収れんした。代表例のASPREEでは高齢健常者で
主要出血↑(HR 1.38)
、有益性は示せず【NEJM】、これを受けUSPSTFは
60歳以上で新規開始を推奨せず
とした。したがって「長期的にみると害が利益を上回りやすい」集団が現に存在する(=無症候高齢者の一次予防)。
2) 心房細動など“適応あり”の抗凝固(とくにDOAC)
ワルファリンに比べDOACは頭蓋内出血(ICH)をおよそ半減し(メタ解析)、全体の重篤出血も相対的に低い〜同等、
虚血性脳梗塞の抑制は明確である。つまり適応がある人では“利益>害”が維持されるのが大勢で、実臨床でもDOACシフト後にOAC関連ICHの様相は改善しているという人口ベースの報告が増えている。
3) CAA(脳アミロイド血管症)や“皮質葉出血”文脈
皮質葉出血の主要因の一つがCAAで、再発率はICHの中で最も高い(年7–8%台)。この群では抗血栓薬とりわけ抗凝固で出血リスクが大きく跳ね上がる可能性があり、適応の再検討や左心耳閉鎖など代替策がしばしば議論される。つまり、「高齢化でCAAが増え、そこに抗血栓薬が重なる」と皮質葉ICHの比率が上がる力学は十分ありうる。
4) 二重抗血小板療法(DAPT)・長期化の問題
DAPTは短期(例:一過性脳虚血発作や軽症脳梗塞直後の数週間~数か月)では再発抑制に益がある一方、長期化するとICHリスクがASA単独より有意に上がる。漫然と続けるべきでない。
5) “人口レベルの見え方”
DOAC普及でOAC使用者の頭蓋内出血リスクの質は低下方向だが、高齢者の絶対数増+抗血栓薬ユーザの母数拡大で、「ICH全体に占める抗血栓関連の割合」が相対的に増えることは起こりうる(総発症率は横ばい~低下でも、構成比は動く)。皮質葉=CAA系の増加と整合的である。
質問へのお答え(核心)
血液サラサラ薬の害が、長期では利益を相殺して余りある可能性は“ないの”?
・ある集団では“ある”。 具体的には無症候の高齢者における一次予防アスピリン。ここはエビデンス的に「害>益」が確立している。
・しかし、適応がある集団では“基本的にない(=益が上回る)”。 心房細動で脳梗塞一次・二次予防が必要な群など。ここはDOACの登場でICHリスクが大きく下がり、総合のベネフィットが明確に勝つケースが大半である。
・ただし、CAA/皮質葉出血の既往・疑いが強い人は“別枠”で、害>益に傾きやすい。ケースバイケースで抗凝固回避や代替(左心耳閉鎖・短期DAPTの最短化等)を真剣に検討するゾーンである。